第二十二回東西落語研鑚会・桂文枝追善興業@よみうりホール。
070327_1.jpg

一月に続き、なかむら治彦さんに御差配頂いての社会科見学。
先生改めてありがとうございます。

ご承知のように落語には江戸と上方の別がある。
2005年に物故された桂文枝師匠というのは、
上方の四天王とよばれたひとりであった。
後りは桂米朝・桂春団治・笑福亭松鶴の三人。
このうち春団治と松鶴両師匠の噺は神戸にいた時分に聞いたことがある。
ウチの高校で呼んで来て頂いてん。
生まれて初めて見た高座だった。

このときトリを勤めた六代目松鶴師匠は当時65歳ぐらいか。
年齢の割に何だか老け込んでおられた。
濶舌のあまりよろしくないきっつい関西弁は、
何を言ってるか半分くらいしか聞き取れなかったものだ。
実はこの10年前に師匠は脳溢血で倒れており、
以来呂律が回らなくなってしまったと知ったのはつい最近である。

そんな口調の怪しい爺さんがマクラも何もなくいきなり噺に入った。
初心者のガキども相手に親切心のかけらもない所業である。

ところがこれが面白い。

その頃世の中は漫才ブームであり、
ガキどもは日頃ひょうきん族だの笑ってる場合ですよを観て笑っていた。
古典落語など素養もなければ興味もない聴衆だ。
それが高座に座っているヨボヨボの爺さんの、
何を言ってるかわからない昔の話にドッカンドッカン受けている。
文字通り爆笑させられているのだ。
私が古典落語という芸は凄いと認識したできごとだった。

もっとも凄いと思っただけで、
その後四半世紀の長きにわたりナマで高座を観たことはなかったが。
根がものぐさやねん。

070327_2.jpg


仁鶴や鶴光、鶴瓶を育てた松鶴師匠はこの3年後に亡くなった。
そしてやはり三枝や文珍、小枝を育てた桂文枝師匠も、
先年鬼籍に入られてしまった。
今回はその三回忌を記念した追善落語会である。

プロデュースは春風亭小朝。
落語の振興と東西や団体間の垣根を越えた交流を掲げる「六人の会」の主催する、
東西落語研鑽会の一環として催された。
コンセプトは東西の落語家が文枝師匠の持ちネタを演じ、
またお弟子さんたちによる座談を交えてその人となりを偲ぶというもの。

演目は以下の通り。

桂つく枝 「動物園」
林家正蔵 「ろくろ首」
立川志の輔 「猿後家」
座談会・師匠の思い出 (つく枝・坊枝・あやめ・文福)
桂文珍 「稽古屋」

江戸落語界を代表して参戦したのは、
六人の会メンバーでもある林家正蔵、立川志の輔の両師匠である。
正蔵師匠、ろくろ首を高座にかけるのは初めてだったそうな。
緊張のあまりか高座でひとことも文枝師匠について触れなかった。
何のための会だかわからない。
入れ違いに上がった志の輔師匠がそのことを指摘すると、
「忘れてた」と答えたとか。
なんかやっぱりこの人は「林家こぶ平」であるような気がする。

幕が開くと遺影が飾ってあり、生前の文枝師匠の噺が聞こえてくる。
ナレーションが故人の略歴をかいつまんで披露したのち、
改めて出囃子が鳴った。

一番手つく枝師匠の「動物園」は、お題こそ動物園だが新作ではない。
80年ほど前に二代目桂文之助がイギリス種を翻案したといわれる古典の演目だ。
トップバッターとはいえ入門17年目、師匠の十八番をきっちり演じ切った。
面白かった。
文枝師匠の芸が見たかったなあ。

正蔵師匠「ろくろ首」は軽めの噺とされているが、
ベタながら綺麗に決まるサゲは正しく王道。
古典もちゃんと話せますの意気込みの伝わる出来だったと思う。

「猿後家」志の輔師匠はさすがの話芸で客席を沸かせていた。
臨機応変なマクラやくすぐりに頭の回転の速さが見え隠れし、
芸人として脂が乗っている感じがする。
それでも仲入りのときに出くわして挨拶した碩学ホリイ博士は、
「んーやっぱり文枝の猿後家は良かったなあって思っちゃうんだよ」と
述懐していた。
志の輔師匠も噺家としてはまだこれからの人だ、ということなのだ。
逆に言えば今後どんどん円熟してゆくわけで、
十年後が楽しみなひとりだとつくづく思った。

070327_3.jpg


仲入りを挟んで座談会は、
桂文福師匠の音頭で弟子たちがありし日の文枝師匠をしのぶもの。
二十年ぶりくらいに見る文福さんは懐かしかった。
神戸にいた頃はけっこうTVで見てたもんだ。

むろん湿っぽい内容になる筈もなく、
威勢がいいものの濶舌が滞りがちな文福師匠のマイクを、
坊枝師匠がちくちくと直すなど随所で笑いを取っていた。

紅一点・桂あやめ師匠はちょうど今NHK「芋たこなんきん」出演中で顔を知っている。
前座名の桂花枝の頃にやはり神戸でちょくちょく見かけた覚えがある。
女性のお弟子さんの少なかった師匠に可愛がられたエピソードが微笑ましかった。
ちなみに「桂あやめ」は文枝師匠が最初に名乗った高座名でもある。
男性が名乗るのは不思議だが、
艶っぽい芸風で知られた文枝師匠らしい気もする。

そういや関西では文枝師匠はホモだとの噂があったっけ、と思い出す。
もっともお弟子さんたちの話によれば、
少なくとも両刀行けたことは間違いないようだ。
それもまた艶っぽくてよろしい。よろしいかな。まあいいや。

座談はほっとくとどこまでも続きそうだったが、
舞台袖の小朝師匠のマキが入ってお開きとなる。
文福師匠が師匠を謡った相撲甚句をひとくさり吟じて締めた。

大トリを勤めるのは文枝の三番弟子、文珍師匠。
かつて「顔がおもろい」という理由で笑われた男は、
数十年を経て関西でも一、二を争うクレバーな噺家としての地位を確立した。
1980年代にニューウェーブ落語家で売っていた頃が懐かしい。
本当は短気だとも言われるが、
決して声を荒げることのない練れた語り口は正しく古典に相応しい。
円熟の話芸を堪能いたしました。

一方で稽古屋の女先生を、
文枝師匠がどう演じてたのか無性に気になった。
生前の高座を観ておきたかったと悔やんだことだよ。

そんな満足の夕。
070327_4.jpg

【2007/03/27 23:01】 | 未分類 | page top↑
| ホーム |