ののののの
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新潮11月号掲載、太田靖久「ののの」読了。

第42回新潮新人賞受賞作だ。
作者太田氏はわが盟友イトケン氏の盟友なのである。
友人の友人とかいう縛りはなにやらmixi的でいやんなので、
ここではいったん外して喋る。

「そこにも遺棄された大量の白い本の山があり、頂上にはいつも鳥がいた」
(表紙紹介文より)

時と場所を選ぶ文章というのがある。

私は本作を行きつけのラーメン屋で読み始め、
数日後にやはり同じ店で続きを読み、
最後は湯船に浸かりながら読み終えた。
とくに書き手が喜びそうなシチュエーションではないが、
そんな感じだったのである。

ナントカ賞受賞作を読むにあたって選者目線になるというのは陥りがちな罠だ。
殊に今回のようにすぐ後に講評が載っている状況だと、
うっかり「ふむふむそういう作品だよな」と、
そっちの方に同意してしまったりする。
ラーメン喰いながらラーメンバンク参照して評判を確かめるようなもので、
およそ自分で味わったとは言い難い。

下手にあらたまって読むと却ってそのような結果に終わる気がしたので、
なんとなく上記のような、ながら読みになった。

決して親切な小説ではない。
手に汗を握るようなエンターテインメントとしての体は成していない。
では首を捻ってページを行きつ戻りつしなければならない難解な物件かというと、
そういう訳ではない。
抑制の利いた奔放さで描き出されるイメージを追う間に物語はしぜんに展開し、
幕を閉じる。
問題はその妄想にも似た世界の追体験を楽しめるかどうかであり、
私はすんなりトレースできてしまった口である。
しかしそこで何がしかの引っ掛かりが起これば作業は中絶し、
目の前の文章はおよそ行方の分からない文字列となってしまう。
これは当然ながら読み手の責任ではない。
ごく個人的な人となりに関わるレベルの話だ。

そういう意味であらためて本作の講評を読むと、
選者の姿勢が端的に出ていて面白い。
ことに桐野・町田両氏のそれは、
評価こそ違えど真摯な創作者としての姿が感じられて、
たいへん好ましいものだ。

本作についてわかったようなことを言うつもりはない。
ただ、うっすらと憂鬱な陰を帯びて次々と現れる無彩色の風景が好みです。
次回作が楽しみ。

*

10月最終週突入。まじすか。
【2010/10/25 03:28】 | 未分類 | page top↑
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