みやわき先生のこと
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去る10日、漫画家のみやわき心太郎さんの突然の訃報に接する。
本日、告別式にてお別れを済ませて来ました。

最初にお会いしたのは20年ちかく前だ。
まだ竹書房の漫画家麻雀大会は開催されておらず、
最強戦一般予選に漫画家が参戦ないし放り込まれていた頃である。
みやわきさんは前者、私は後者だったと記憶している。
第一印象は、おそらく多くの人がそうであったように
「本当にベレー帽被ってる漫画家の先生だ!」だった。
ベレー帽と髭、そしていつも微笑んでいるような温顔は、
当時から変わらぬトレードマークだった。

今にして思えばあの頃はせいぜい50歳になるかならないかだったろう。
しかしみやわきさんの後輩に対する視線はいつも
「孫をみるような眼」(『まあじゃんほうろうき』より)であり、
私たちは皆優しいお爺ちゃんのように感じて接していたものだ。
けっこう失礼な話である。すみません。

私が今は亡き近代麻雀ゴールドに描いていた時分、
ちょうどみやわきさんが『牌の音STORIES』を連載なさっていた。
精緻な点描を駆使した画面は当時の読者諸兄には忘れられまい。
みやわきさんがあの絵柄を初披露した頃、
さいとう・たかを先生が
「君は、やりすぎだ。せめてこのくらいにしたまえ!」と、
作例をファックスで送り付けて来たという話を聞いたことがある。
さいとうさんのそれも相当なものだったらしいが、
その「やりすぎ」を結局押し通したみやわきさんも凄い。

画風だけではない。
担当編集者泣かせの文字数の多さは、
みやわきさん一流のこだわりと情熱の現れでもあった。
取材対象にそれこそ密着し、一緒に笑い、泣き、怒った。
おだやかな風貌からは想像もつかない熱血漢で、
他人を思いやる感動屋さんだった。
失礼を承知で言うと、愚直なまでにまっすぐで熱い人だったと思う。
『レイプマン』はその愚直さが端的にあらわれた一作である。
あの題材に対してためらうことなく全力で立ち向かう姿、
彼を知っている人なら容易に想像がつこう。

それより前、先生が別冊近代麻雀誌上で「何を切る?」を連載なさっていた頃、
一度だけ代打を務めさせて頂いたことがある。
「日高さんがええんちゃう?」とのご指名だった。
緊張しつつ私なりに一所懸命やったつもりの仕事を、
みやわきさんは背中をぽーんと叩いて、
「ええやんか、ええやんか! もう日高さん描いたらええがな」
と褒めて下さった。
嬉しかった。

執筆者変更の件は、傍にいたビニールを着た編集者が
「いやいや、あれはみやわき先生のお仕事ですから」
と言って沙汰やみになったけれど。
ビニール君が正しいと思う。
みやわきさんの作り上げたスタイルは、
私ごときが真似っこして続けられるものではない。

ちなみに麻雀というのは、
感情がオモテに出る情熱家に向くゲームではない。
卓上でのみやわきさんについては、
「あちゃー、やってもうた」
と眉をしかめていた思い出ばかりである。
失礼な後輩で本当にごめんなさい。
でもまあ私の勝率もたぶん似たようなもんです。

9月末に近藤ようこさんのRTでツイッターにおられることを知り、
フォローさせて頂いたところ、
即座に「フォロー、ありがとうございます」とDMが飛んできた。
返信したら、
「やった~~っ!!初返事だ!!ありがとうございます!!(爆)」と
元気いっぱいのリターンを頂いたのだった。

亡くなられたとの報せを聞いたのはその10日後。
俄かに信じられなかった。
ご家族に見守られて静かに旅立たれた由。

早めに会場に着いてロビーでぼうっと立っていたら、
娘さんに「何か描いてやって下さい」と言われ、
寄せ書き状態になっているお棺の横に筆ペンで先生の顔を描いた。

しゃがんで描いたら歪んでしまったけど、きっと
「ええやんか、ええやんか」
と笑って下さると思う。
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不肖の後輩に優しくして頂いてありがとうございました。
しずかにお眠りください。
【2010/10/14 18:37】 | 未分類 | page top↑
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