
おおまかな近況。
PC環境は9割方復調。
残り1割はメールデータで、これはまあ仕方ないかって感じ。
結局システム入れ直しただけなんで復旧も早いわさ。
ただ、それだけに問題の根本的解決には至ってない。
HDD自体がそろそろ寿命のような気もするので、
新人の採用を検討し始めたところ。
今ならセットアップ慣れしてるし。
久々にゲートウェイあたりに戻ってみようかな。
ここんとこ延々入浴中に読んでいた角川文庫版『火の鳥』ほぼ読了。
ほぼ、というのは最終巻のギリシア・ローマ編はすっ飛ばしたから。
火の鳥といえば昔から時代ものの方に定評があった。
未来ものは話が判りづらい上に、
10代の読者としてはその大時代的な世界設定に抵抗があり、
どうにも面白く思えなかったものだ。
手塚治虫の未来予想図は1960年代のそれなのである。
ニューウェーブSFやガンダムを経た80年代には、
悲しいかなさすがにカビが生えかけていた。
未来の話なのに古臭いというのはけっこう致命的だ。
永井豪や松本零士、江口寿史や萩尾望都を知っている私たちにとって、
手塚先生はブラック・ジャックの描き手であるという以上の存在ではなかった。
そういった漫画家たちが神様と呼んでいるのは承知していたが、
子供としてその実感はない。
ライフワークだからといって手放しでありがたがる理由はなかった。
が、いざ21世紀になって読み返してみると、
カビは表層部分にしか生えていなかったことがわかる。
表面のホコリを払ったとき、
『火の鳥』は驚くべき構想のもとに織り綴られた、
宇宙と生命の歴史なのである。
流行りすたりの激しい絵柄やメカデザインの向こうに見える物語は、
古めかしいどころか未到のスケールで永劫の生命の火を燃やし続けている。
やはりこれは神様にしか描けない作品なのだ、と思う。
みうらじゅんはライフワーク『火のうし』をどうしたろうか。
12月創刊予定の新雑誌が1月下旬に延びた旨を聞く。
おかげですこし年末進行状況と気がラクになった。
いま少しのったり生きていけそうな感じです。