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やたらとセピア色の昭和
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「リアルタイムの記憶がない人ほど、臆面もない回顧が可能なのだ」

そうだよなあ、と思った。
『ぬっとあったものと、ぬっとあるもの』(ポーラ文化研究所刊・1998)中、
太陽の塔について論じた山下裕二の文章中の言葉である。

この本が出てから11年、昭和を回顧する試みは盛んになる一方だ。
語られるイメージはあくまでセピア色であり、
現代人が失ってしまった原風景がそこにある的な、
ありがちな結論で締めくくられることが珍しくない。

私は悲しいかな、そこまで記憶を失っていない。
だから昭和大好き現代人の皆さんをたとえば万博当時の日本に放り込めば、
三日で嫌気が差して現代に戻りたがるであろうことが、
容易に想像がつく。
そんで三か月もすると今度は完全に慣れて、
携帯電話やネットの使い方なんか忘れるんだけどさ。

いやそりゃまあさすがに戦前戦中のことは知りませんよ。
でもそれこそリアルタイムで万博行ってた子供だもんでね。
1970年代あたりのいいところばっかり語られると、
なかなか鼻白みまする。
30年前の東京の川も海も本気でヘドロまみれでしたよ。
多摩川にゃ洗剤の泡ごぼごぼ浮いてたし。
神田川に魚が泳ぐようになったのとか美濃部都政の賜物ですぜ。
爆破テロやら青酸コーラやら暗い事件も多かったしねえ。

*

しかし一方で昭和世代にも、
昔は良かった的なことを臆面もなくおっしゃる方もおられるわけです。
要は相対的に今現在がよろしくないと言いたいのであり、
いつの時代にも同様の愚痴をこぼされる方はおられるわけですが。

まんずそういう皆さんはほぼ例外なく、
自分に都合の良いように記憶を改竄したはりますのな。

子母澤寛が名高い『新選組始末記』を著した当時、
二番隊隊長であり神道無念流の使い手である永倉新八翁が存命であった。
実際に経験した人間の言葉ほど強いものはない。
子母沢は随所に永倉翁の体験談を引用し、
ドキュメンタリーとしての精度を高めることに成功している。

が、その後さまざまな角度から研究がなされた結果、
永倉翁の「証言」はいささか史実と異なる部分も少なくないことが、
現在では定説になっちゃってます。

是非もない。
翁にしてみれば別に歴史の生き証人を任じるつもりはなかったに違いない。
せがまれて昔の武勇伝を語るおじいちゃんの言葉に、
多少の誇張や虚飾が混じったところで誰が責められよう。
そんでまた「思考を言葉にする」ってのが確認作業なので、
喋ってるうちに自分の中で本当になっちゃうんですね。

結局は実際にあった出来事に、
イメージの下駄を履かせてしまってることになる。
これはリアルタイム未経験者が、
見聞きした話で足りない部分を想像で補完してるのと同じです。
いずれにせよフィルタ越しに見ていることに変わりはない。
そして歴史はなんだか当社比5割増のセピア色に染められてゆくのでした。
どっとはらい。

*

昔を懐かしむ行為自体が悪いとはまったく思いません。
ここでもオラよく昔話してるし。

ただ、そのような曖昧なデータをもって現在を否定するのはフェアじゃないです。
比較対象として俎に載せるのならば、
過去も現在同様に正しく評価されなければならないはずだ。
単に昔は良かった今は面白くないでは、
人類の進歩とかいう大風呂敷を広げる前に、
自分自身の成長をも否定してることになるですよ。

それってもはや現実逃避じゃん。
ちゃんと前向いて歩けよ、人類。

このあたりのことは、すでに原恵一監督作品『オトナ帝国の逆襲』に明らかです。
つくづく大した作品だと思うよ、あれ。

*

私の結論としては、
半田健人があと20年早く生まれてたら、あんな風にはなってなかったろうな、と。

たぶん別種のおもしろい人になってるだろうけど。
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【2009/10/13 02:22】 | 未分類 | page top↑
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