ゲージツの殿堂
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文化庁による国立メディア芸術総合センター構想
http://www.bunka.go.jp/oshirase_other/2009/mediageijutsu_090514.html

私、そのかみ漫画研究会に籍を置いておりました。
漫画を研究する会なので割とプリミティヴな議論や問題提起も行われます。
たとえば「漫画は芸術であるや否や」。

基本的にこの問いはYES/NOの二択である。
1980年代、ニューウェーブの洗礼を受けて漫研に来たような連中だ。
真面目に漫画は芸術だッと熱く語る若者達も多かった。
そんな中、ひとりの先輩が提出した答えが私には忘れられない。

すなわち「漫画は芸術たり得る」。

これほど自分の中でしっくり来る回答は無かった。

私自身は選択を保留していたのである。
どうしてもと言われたらNOと答えていた。
芸術という語の持つ敷居の高さが漫画には似合わないと思っていたからだ。
そのイメージは現在も変わらない。
ただ、いわば実際に「敷居の高い漫画」は存在するわけで、
そういったものを芸術と呼ぶのは自由だとも考える。
先輩の言い分は、だからとっても納得できた。

古い例を出せばCOMの頃の石森章太郎の一連の作品など、
漫画としての表現手法に対するわかりやすい実験と挑戦である。
その精神はやはり芸術家のそれと呼んで差し支えないだろう。

私にとっての芸術の定義は結果ではなく姿勢である。
ある漫画家が純粋に表現者たらんとすれば、
その人たちは間違いなくアーティストだ。

けれど大多数の描き手はそんな着地点を目指してはいない。
私見だけど。
身近に漫画を感じてきた私たちは、もっと身近な動機で漫画家になる。
誰かを楽しませたい、誰かに面白いと言ってもらいたい。
孤高の地平を目指すアーティストよりは、
エンターテイナーであろうと思う。

私は色んな理由から漫画を成熟した文化だとは考えない。
それでも敢えて言うなら大衆文化だ。
権力への抵抗としてのカリカチュアを引き合いに出さないまでも、
国家よりは庶民の味方であるに違いない。

表現者たろうとする作家がいる以上、
漫画家は芸術家たり得る職業だとは思う。
しかし身近な人たちを笑わせたり喜ばせようとして創られた作品が、
国によって「メディア芸術」のラベルと共に麗々しく陳列されてしまうことには、
けっこうな違和感を覚えないでもない。

ま、褒める分には勝手にやってくれればいいと思うけど。
励みになることもあるだろうから。
でも百億円かけた建物はいらないな。
それとも道路工事みたいなもんで雇用対策としての公共事業なのかな。

お金の使い途は難しいね。
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【2009/05/27 00:17】 | 未分類 | page top↑
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