死人が出てないのはウチだけです
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もー、お空のコップは底なしかー?
        (cv.フルーツポンチ村上)

梅雨入り宣言も出てないのに雨が止まらない東京です。
さっき近所の公園歩ってたら浮かれたシマヘビさんが出てきてました。
写真撮ったれと思ってごそごそしてる間にあわてて逃げ出したけど。
いや速かったね。
基本的に照れ屋だからな、はちうるいは。

駆動輪無いからっつってヘビさんのスピードを甘く見ちゃいけません。
アフリカのサバンナに棲むブラックマンバは、
藪の中を時速10~16kmで移動することが知られております。
ほぼ人間の駆け足と同じ。
しかもマンバ君、たいへん気性が荒い上にとっても毒性が強い。
速い荒い強いの三拍子揃ったスグレモノだ。
先年群馬県のジャパンスネークセンターを訪れた際、
研究員の方も誇らしげに語ってたよ。

「ブラックマンバを飼育したことのある施設は世界中にありますが、
死人が出てないのは、ウチだけです」

いろんな意味ですごい自慢だと思った。

週末は取材で山の中を歩きまわってました。
なにしろ雨模様なんでへび君たちにも遭いましたが、
マムシの子とアオダイショウぐらいで可愛いもんです。
日本にはブラックマンバがいなくて何よりだ。
代わりにそれなりにおそろしい連中に出くわしたけどな。
詳細は8月売りのRikaTanで明らかになると思います。
おたのしみに。
いやたのしみに待つようなもんじゃないけど。

これにて2009年5月終了。
明日は晴れるらしいよ。
ホントかな。
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【2009/05/31 18:17】 | 未分類 | page top↑
やるな、ご老公
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ヨルダン国王が老人に変装…お忍びで保健施設を視察

 28日付のヨルダン英字紙ヨルダン・タイムズによると、同国のアブドラ国王は27日、民族衣装に付けひげ、つえを突くなどして老人に変装、首都アンマンにある政府の保健施設をお忍びで視察した。

 アブドラ国王は、公務員のサービス向上などを図るため、変装して市民の意見を探るのを好み、これまでもタクシー運転手などに成り済まして街に出たことがある。
 今回は医師との面会の順番を待つ15分から30分の間、サービスのレベルなどについて周囲にいた市民に質問していたが、最終的には国王であることがばれたという。(共同)

http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/090528/mds0905282307003-n1.htm


ばれてるよ。
やっぱりお付きの人が印籠出しちゃったんすかね。
それとも焦れて「余の顔を見忘れたか」ってやっちゃんたんすかね。
あっでも後者だと敵が開き直って
「ええいもはやこれまで! くせものじゃであえー」って逆襲されるのか。

*

かっこいいご老体といえば今週のあらびき団にティーチャ佐川真さんが出たはった。
メイド姿の実の娘さんと組んだ親子ユニット名は「めいどのみやげ」。
だじゃれ好きなのね、ホントに。
わたくし的にはかなりパーフェクトなあらびき芸を披露なさっておられました。

娘さんはバンド「さちの&Theカリスマ歌劇団」のボーカルとして活動しておられた由。
http://sachinoworld.com/
DIARYにめいどのみやげphotoあります。
しかし40ばかし歳離れてはるんやな娘さん。可愛くてならんのやろなあ。

*

一件送稿して仮眠とってたら、
しらない人に血相変えて追っかけられる夢見て飛び起きた。
経緯がけっこうひどい。

【あらすじ】
学校の裏山で、のんきに素手でコウカンチョウを捕えていた俺。
見ると壁際にダイアンの立ち位置左みたいな兄ちゃんがたたずんでいる。
これはヤバイと思い、運良く通りがかった警官に通報。
「あいつワルっすよ、ワル!」
だが、指差して大声で言ったために相手に気づかれてしまう。
かんかんに怒って走ってくるダイアンもどき。
必死で逃げる俺。たすけておまわりさん。


目覚めて心臓バクバクっすよ。
ヴァーチャル全力疾走で心拍数上がるのはずるいぞ。
おかげで休めた感ゼロのまま次の作業だよ。しくしく。

今日もザーザーの雨やなあ東京。
明日はどうなのかねえ。
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【2009/05/29 06:16】 | 未分類 | page top↑
ぼくらの時代への追想
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最初に読んだのは『ぼくら』シリーズだった。
「ぼく=栗本薫」の一人称で語られるこの探偵小説は、
ミステリというより庄司薫のそれを思わせる青春ものだった。
謎解きをしながら本を読む癖のない私は事件の真相に本気で驚き、
胸を痛めた記憶がある。

今読むときっと青臭くて仕方がないのかもしれない。
しかしそんな瑞々しさを共有できるのは、
おそらくは書くのも読むのも一生のうちのごく短いあいだのことだ。
その須臾の出会いを持てた私は幸せだったと思う。

グイン・サーガの30巻ぐらいで追走を止めて以来、近作は読んでいない。
それでも書店に行けば、
定期的にハヤカワ文庫のあの表紙が平積みになっているのを見ることができた。
その風景は私にとって消息の確認であった。

受け手としての私たちは、生涯のうちにさまざまな送り手の作品に触れる。
だが、出会って後ずっと一緒に走り続けることはまれだ。
多くは点状の交差でしかない。
時折はしばらく追いかけてみるが、たいがいはどこかで手を放してしまう。

そして歳月を経て訃報に接したとき、
その作品と共にあった頃のことを回想し、悼む。
だから追悼の感情は人それぞれに異なる。
時にはだれかの不用意な言葉に対し、
お前なんか何もわかっちゃいない癖にと敵意すら抱く。

けれど自分だけが真実を知っていると思い込むことは傲慢だし、
勘違いに過ぎない。
私たちは皆、その人と関わりを持ったという一点において同じなのだ。

「自分が好きだった人を、他の人が偲んでくれてるのは嬉しい」
かつて共通の友人を喪った友達の素直な言葉である。
私もそのように思える度量を持ちたい。

*

栗本さんには麻雀大会でお会いしたことがある。
正確にはお見かけしたと言うべきか。
終了間際の順位決定戦。
レポートを書くために各卓の写真を撮っていて、
栗本さんが座っていたのは残念ながら最下位争いのテーブルだった。

会場中央では決勝卓を囲んだ大勢の取材陣からどよめきが漏れている。
そんな熱気を横目に女史はにこにこと牌を握っておられた。
一礼してカメラを向けたら、
「こんなビリっけつの卓でも撮ってもらえるのね」と、
あの目尻を下げて笑った。

30年以上の長きにわたり、
エンターテインメイントの第一線を走り続けた彼女に黙祷を。
どうかゆっくりお休みください。
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【2009/05/28 17:23】 | 未分類 | page top↑
ゲージツの殿堂
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文化庁による国立メディア芸術総合センター構想
http://www.bunka.go.jp/oshirase_other/2009/mediageijutsu_090514.html

私、そのかみ漫画研究会に籍を置いておりました。
漫画を研究する会なので割とプリミティヴな議論や問題提起も行われます。
たとえば「漫画は芸術であるや否や」。

基本的にこの問いはYES/NOの二択である。
1980年代、ニューウェーブの洗礼を受けて漫研に来たような連中だ。
真面目に漫画は芸術だッと熱く語る若者達も多かった。
そんな中、ひとりの先輩が提出した答えが私には忘れられない。

すなわち「漫画は芸術たり得る」。

これほど自分の中でしっくり来る回答は無かった。

私自身は選択を保留していたのである。
どうしてもと言われたらNOと答えていた。
芸術という語の持つ敷居の高さが漫画には似合わないと思っていたからだ。
そのイメージは現在も変わらない。
ただ、いわば実際に「敷居の高い漫画」は存在するわけで、
そういったものを芸術と呼ぶのは自由だとも考える。
先輩の言い分は、だからとっても納得できた。

古い例を出せばCOMの頃の石森章太郎の一連の作品など、
漫画としての表現手法に対するわかりやすい実験と挑戦である。
その精神はやはり芸術家のそれと呼んで差し支えないだろう。

私にとっての芸術の定義は結果ではなく姿勢である。
ある漫画家が純粋に表現者たらんとすれば、
その人たちは間違いなくアーティストだ。

けれど大多数の描き手はそんな着地点を目指してはいない。
私見だけど。
身近に漫画を感じてきた私たちは、もっと身近な動機で漫画家になる。
誰かを楽しませたい、誰かに面白いと言ってもらいたい。
孤高の地平を目指すアーティストよりは、
エンターテイナーであろうと思う。

私は色んな理由から漫画を成熟した文化だとは考えない。
それでも敢えて言うなら大衆文化だ。
権力への抵抗としてのカリカチュアを引き合いに出さないまでも、
国家よりは庶民の味方であるに違いない。

表現者たろうとする作家がいる以上、
漫画家は芸術家たり得る職業だとは思う。
しかし身近な人たちを笑わせたり喜ばせようとして創られた作品が、
国によって「メディア芸術」のラベルと共に麗々しく陳列されてしまうことには、
けっこうな違和感を覚えないでもない。

ま、褒める分には勝手にやってくれればいいと思うけど。
励みになることもあるだろうから。
でも百億円かけた建物はいらないな。
それとも道路工事みたいなもんで雇用対策としての公共事業なのかな。

お金の使い途は難しいね。
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【2009/05/27 00:17】 | 未分類 | page top↑
KIN-RAI
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夜半の雷雨でビビってPCの電源落とした鶏心臓の私です。

幸いこの辺は前科ないけど、
落雷で停電しただのデータ飛んだだの聞くでね。
ピカから間髪入れずゴロ入った時点で作業中止いたしました。
近いっつの。
達人はこの光と音のズレからただちに距離を算出できるのだ。
数学的な頭脳というやつは素晴らしいと思うよ。

吉井理人や真宮寺さくら程ではないが雷は得意でない。
これはおそらく水泳部時代の習慣に端を発している気がする。

たとえ嵐が来ようとも、すでにパンイチでずぶ濡れ状態の水泳部員は無敵だ。
プール脇を走る陸上部員に水ぶっかけてへらへら笑ってハハノンキだね。

が、雷だけは特別緊急事態なのだ。
ご承知のように水は通電性が非常に高い。
かつて必殺でもひかる一平が入浴中の標的をエレキテルで感電させてたわさ。
ただし実はこれは不純物を含む場合に限り、蒸留水は電気通さないそうだけどね。

まあいずれにせよ海や川、お風呂やプールの水は余裕で電気を通します。
従って雷は容赦なく落ちます。
人体を直撃しなくても、
水に入っていれば感電するため結果的に溺れてしまうのでした。

そのような事情で、
空がゴロゴロ言い出すとウチら血相変えて撤収してましてん。
毎年これを繰り返してると、まあ陸の上でもね。
ピカッゴロゴロで撤収したくなってしまうわけやね。

今回はとりあえず布団に避難しましたよ。
んで起きたら止んでたんで、現在PCの前にいる次第。

*

"地震雷火事おやじ"のおやじは、
父親や中年男性ではなく台風を指すという説がある。
なるほどーな豆知識で雑学好きに広く親しまれているが、
この手の語源やものの由来に関するお話は、
せいぜい「今んところたぶん定説」ぐらいに思っておいた方がよいです。
うっかり詳しい人相手に披瀝したりすると、
たちまち山のような異論を提出される可能性大です。

前も書いた気がするけど、
いわゆる雑学は暇つぶしと会話のタネのために存在している。
従って「面白ければそれでいい」が第一義であり、
学問的な正確さはあくまで二の次になる。
TVのクイズ番組の正解が絶対正しいとか思い込んでると、
場合によってはとんだ恥をかく破目になりかねない。
あくまで飲み会やなんかで友達を「へぇー」と言わせるのが無難な用途です。

私自身は、おやじは昔もおやじだったんじゃねーかって気がしております。
「おやじ」が台風を意味する大山風(おおやまじ)の転化であるとする説は、
いかにもありそうだけど、
他の語がすべて現行語のままだっていうのが妙に居心地が悪い。

だいたい、恐い方がいいじゃんね。ニポンのおやじ。

*

まだ春雷と呼べるのか夏を呼ぶ雷鳴だったのか。
昔、スクエア(現T-SQUARE)に遠雷って曲があって好きでした。
アルバム『Stars and the Moon』のラストナンバー。

さっきのは遥かに空の鳴る音を聞くようなノスタルジックな趣はなく、
なんかもう至近雷だったけどさ。
直撃一歩手前だよ。
桑原桑原。
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【2009/05/25 02:21】 | 未分類 | page top↑
好き好き大嫌い
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人志松本の○○な話でこないだ2回ほど好きなもの話をやってて。
「ゆるせない」の方がネタとして伝わりやすいよな、と思った。

人間が好きなものについて熱く語る姿は、要するにノロケである。
好みが合えば一緒に盛り上がれるかもしれないが、
多くの場合聞き手はカヤの外で放置プレイだ。
これを番組として成立させるには、
語り手を変人として見世物にするか突っ込み倒すかのいずれかしかない。
タモリ倶楽部とかアメトーークとか上手いよな。
松本さんの黒田如水話、
誰か突っ込んであげればいいのにと思うことしきりでした。

もっとも他人の惚気話に付き合う場合、
内容に興味はなくても語り手に興味があれば苦にはならない。
「お前の彼女は別にどうでもいいが、幸せそうで何よりだよ」。
あれってそういう場なのかもしれん。

などとテレビに詳しい人みたいに語ってみましたが、
実はあんまり見てないです。ウフフ。

*

月曜から毎日更新してみたけど、
考えてみればブログ以前のHTML日記だった時も2日に1度ぐらいしか書かなかった。
そもそもまんがかの一日なんて24時間刻みとは限らない。
本業以外のことで自分に縛りを課す趣味はないので、
今後はまた2~3日置きに戻すっていうか落ち着くつもりです。
気が向いたら書くのスタンスで。
わからんけど。毎日気向くかもしらんし。
こんな適当な私ですがよろしくお願いします。

*

あ、遠藤憲一の湯けむりスナイパーは見てます。
あと朝多部(M画伯命名)。
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【2009/05/23 05:07】 | 未分類 | page top↑
ハーヴェスト
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取材で都下某所を終日歩き回る。

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収穫は悲しいひとびとの歴史と、
今年初のこくわがた。

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夏は近い。

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【2009/05/22 01:08】 | 未分類 | page top↑
ちいさくない
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今日、あの便利なハンコ作ってる会社の名前がシヤチハタであることを知りました。

もちろん発音はShachiなんだけど表記はシヤチ。
わたくし的にはカメラのキヤノン、富士フイルム、
マヨネーズのキユーピーに次ぐ「拗促音のちっさくない会社名」です。

ついでに言うとあのスタンプ台不要のハンコ、
正式な商品名は『X(エックス)スタンパー』なのな。
犯行現場に必ずエックスの署名を残してゆく怪盗の通称のようで格好いいぞ。
もしくはプロレス技の一種とか。

一般にシャチハタの通り名で知られる同商品はしかし、
公文書ではNG扱いになることも少なくない。
同じハンコなのになんでやねんと思ってたら、判面がゴム製だからなんだそうな。
つまり半永久的に同じ印影を押すための材質として相応しくないと。
経年劣化が激しいからね、ゴム。

ハンコ話はさておき、
シヤチハタもキヤノンもキユーピーも富士フイルムも会社設立は戦前。
旧かなづかいにァィゥェォャュョッのたぐいはないので、
このような表記が普通だったわけです。
ゎぃ ゎ ヵッォ ゃ。
ぁぃっ ヵォ ョゥヵィ ゃ。

ただ、不思議なことがひとつあって。
周知の単語であれば問題ないけど、
生まれて初めて「キヤノン」の文字列を目にしたむかしの人は、
果たしてどう発音してたのだろう。
これをいきなり kya とは読めない気がする。

宮澤賢治の童話作品に『オツベルと象』というのがある。
機械がのんのんのんのん動いてると、
象がぐららあがあぐららあがあ攻めてくるおはなし。

一定以上の年齢の皆さんはこれを『オッペルと象(opperu to zou)』と習っている。
しかし現在は上記のように『オツベルと象(otsuberu to zou)』とするのが通例だ。
これはかつて賢治の死後に編まれた全集の「オッペル」の表記を採用していたものが、
のちに誤りが指摘され「オツベル」を正しいとするようになったためだ。

オツベルと象の原稿は現存していない。
もっとも古い史料は大正15年の掲載誌『月曜』である。
で、この雑誌初出時の表記が「オツベル」であり、
生前の作者が異を唱えていないことから、
「没後の全集の方が間違ってんじゃね?」ってことになり、
やっぱこちらをイキにしようって動きになった次第。
だいたい1980年前後から訂正されていったようなので、
その辺でジェネレーションギャップが生じてるのだな。

ただし解決したのは「ペ pe」と「ベ be」の問題のみ。
「オツベル」と「オッベル」の謎は、拗促音表記がなかった当時のことで、
もはや確かめるすべはない。
語呂から言えば「ぺ pe」なら「オッペル」だけど、
「ベ be」では「オツベル」の方が発音しやすいからこれでいいのかな。
「オツイチ」って人もいるしな。

もっとも作者は、
固有名詞とオノマトペに関して異常な発明の才を発揮した人物である。
カムパネルラだのグスコーブドリだのベゴ石だのクねずみだの。
ペンネンネンネンネン・ネネムとか何者だよ。
いやまあばけものなんだけど。
そう思えばotsuberuもobberuも同様にあり得るともいえる。

いずれにせよこの手の重箱の隅は突っついて楽しむレベルのオプションだ。
作品の価値に何ら影響を及ぼすことはない。
ましてや挙げ足を取る素材ではあり得ない。

だからウチらは別にシャチハタとかキャノンとか書いてもなんも問題ないわさ。
ハイ。

*

お知らせを頂いたのでお知らせ。
もちろん今年も開催されます、第22回東京国際ミネラルフェア。
http://www.tima.co.jp/tima/
6月5日(金)~9日(火)
新宿第一生命ビル・ハイアットリージェンシー東京1F
スペースセブンにて。 
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【2009/05/21 00:10】 | 未分類 | page top↑
甘い罠
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きわめて偏食が少ないことで知られる私だが、
実はいわゆる人工甘味料のたぐいがちょいと苦手である。
アセスルファムKとかアスパルテームとかスクラロースとかああいうの。
後に残るケミカルな甘さがどうにもあきまへんのや。

したがってカロリーオフと謳ってるたぐいの飲料は殆どNG。
無糖なら安心して買うけど微糖はほぼアウト。
殊に近年缶コーヒー類への浸食が激しく、
ノンカロリーとも微糖とも何とも書いてないのに、
しれっと普通に配合されてたりするのでまったく油断がならない。

コンビニやスーパーであれば手に取って確認するが、
自販機でこれ知らないから飲んでみようと無邪気に買ったものに潜んでたりすると、
たいへん悲しい気持ちになる。
なんの罠だちくしょー。

予告なしにパルスイート入りコーヒーを味わう破目になるのはとても不本意です。
メーカーとしてはカロリーオフを売りにしたいんだろうから、
ぜひ必ず前面に堂々と宣伝して下さい。
そしたら買わずに済むのんじゃ。

何故そのようなことをぐちぐち書いてるかっていうと、
今現在ワンダのゼロマックスを飲んでいるからです。
自販機でモーニングショット買ったらこれが出て来ちゃったんだよう。
異物混入だ。しくしく。
USAなら訴訟沙汰DEATH-THOUGH!
でもおいらビムボウ症なので決然と頂きます。
設置元に連絡して交換させる手間を惜しむ程度には、
小心&怠け者のアイアムにほんじん。

うん。飲んでるときは結構うまい。
でも飲み終わるとやっぱりいつまでも口の中がうへーって感じです。
うへー。

最近は駄菓子なんかでも甘味料としてステビア入ってる。
まーステビアは砂糖同様植物からの抽出物なんだけど。
で、食べ物だと私もそんなには気にならんです。
しかしドリンク類はどうにも後口に残るなあ。

念のため申し上げますが私決してデリケートな舌の持ち主ではありませぬ。
うまみ調味料バンザイの人です。
化調平気で甘味料アウトなのは個人的な身体のふしぎであると思います。

*

今日は有野丼について書くつもりだったとです。
しかしGoogleトップページで「ありの」まで打ったところで、
候補に「蟻の戸渡り」が出てきたのを見、かるく心が折れて諦めました。
なんだか知らない人は必ず自分で調べて下さい。うかつに周りに聞くのは危険です。

だったら今俺が教えればいいじゃん。
いやだ断る。
朝までにネーム出すんだ。
やっほー。
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【2009/05/20 00:05】 | 未分類 | page top↑
スタイですたい
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スタイ、という言葉をご存じだろうか。スレタイじゃないよ。
私は存じませなんだ。
知らない単語は辞書で引け、ハイ。

スタイ  乳児・幼児用のよだれかけ。(大辞林)

はぁそうですかと納得しかけて、どうもなんだか居心地が悪い。
辞書の説明なのに【】内が欠落しているのだ。
カタカナ語というのは多く外来語であるから、普通はスペルが入る。
日本語であれば当然漢字が併記される。
そのいずれもが無いのは変だ。
不気味に思ってさらなる追及を試みた結果、次の記述に辿り着いた。

>赤ちゃんの「よだれかけ」を育児雑誌や店頭では普通「スタイ」と呼ぶ。
>ベビー用品輸入販売のグランドールが、
>92年にべピービョルン杜(スウェーデン)のプラスチック製食事用エプロンを、
>「スタイ」と名付けて発売。
>年間10万枚を超す商品となり、
>今では他社製や布製のものも「スタイ」として売られる。

http://blogs.dion.ne.jp/bunsuke/archives/1499022.html

つまりあれだ。ホッチキスやセロテープと同様、
商品名がいつの間にか一般名詞になってしまったものらしい。
なるほどな。

が、たとえばホッチキスやセロテープの大辞林における解説はこうだ。

・ホチキス  コの字形の針を紙に打ち込んでとじあわせる道具の商標名。
アメリカ人ホチキス(B. B. Hotchkiss)が発明した。ステープラー。ホッチキス。
・セロ テープ  〔和製語 Cellotape〕セロハン-テープの商標名。


これらに比べてスタイの素っ気なさはどうだ。スペルはおろか由来も何もわからない。
成立は1992年とずいぶん最近なのに。

その理由は前述のリンク先に明らかである。

>現在、グランドールでも名付けの由来が分からないという

これはひどい。
無責任な話もあったもんだが、商品名なんだからまあ仕方がない。
語感だけで適当に付けちゃったってことかね。

とはいえ言葉のはやりすたりにその成立事情は無関係。
ショップの皆さんやお母さま方が気に入って使うようになってしまったのだから、
これはもうスタイの「勝ち」だ。

コラムはなおも続けている。

>育児用晶の呼び名は、外国語を取り入れるなどしてどんどん変わっている。
>がらがらはラトル、おくるみはアフガンと呼ぶようになった。
>スリング(抱っこ布)、
>クーファアン(赤ちゃんを寝かせる持ち手つきのかご)など新顔も続々と現れる。


アフガンってランボーが怒ってる場所だよな。
赤ん坊をくるむにはちと剣呑な気がするが。

さて常日頃「超」やら「KY」に眉を顰めておられる、
日本語の乱れとやらをお嘆きの方々は、このような現象をどう説明し納得するのだろうか。
たぶん溜息ついたり憂えてみせるだけなんだと思うけど。
それってあんまりカッコよくない気がするんだ、ぼかあ。
無理に時代に迎合することもなかろうが。

しかし人志松本も早晩スタイやアフガンに心砕く必要に迫られるのだな。
と、まさかの時事ネタで今夜はおやすみなさい。
私は働きます。
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【2009/05/19 00:22】 | 未分類 | page top↑
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