さびしがりやのクニット達へ
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行って来ましたムーミン展@東京駅大丸。
20日までだからほとんど駆け込みである。
ヤンソンの原画なら前回も見てるしいっかなーとも思ったのだが、
やっぱり足を運んでみました。
編集さんに招待券頂いてるし。Nさんありがとう。
行った甲斐がありました。

私的今回の目玉はムーミン本の挿絵の習作類の展示。
いわばボツネームの公開のようなものだ。
初期の緻密な挿画はもとより『仲間たち』や『11月』の一見ラフな迷いのない線が、
綿密な設計と何度もの試行錯誤の末に描かれていることがわかり、
ちょいと感じ入りました。

プロの仕事に対して「上手いよね」というのはたいへん失礼な感想だ。
けれど、ヤンソンの絵には無条件に技術の凄さを感じてしまうときがある。
まごうかたなき北欧の海と空と森、そして暮らしを、
数センチ四方の紙の上にスミ一色とシンプルな描線で再現してしまえる彼女は、
もはやちょっとした魔法使いの域に達していると思う。

ただ、グッズ類は正直微妙。特に最近のやつ。
ヤンソンが没して以降、
コマーシャリズムの色合いがどんどん濃くなってゆく印象は拭えない。
商品化にあたってキャラクターイメージが先行している様子は、
スヌーピーのそれに酷似している。

ムーミン谷の住人達は大なり小なり困った性癖の持ち主だし、
チャーリーブラウンの飼い犬は人類を舐め切った妄想狂の哲学者である。
ムーミン物語とシュルツのピーナツ漫画は、
パブリックイメージと原作のトーンとの乖離が激しい双璧だと思う。
関係ないけど双璧の璧ってカベじゃなく玉なのな。
中国の故事にある和氏の璧のヘキだ。
今変換してみて初めて気づいたよ。とほほ。

それでも「するべからず」の立札に発狂するスナフキンや、
ソッピースキャメルを駆ってレッドバロンと脳内空中戦を繰り広げるスヌーピーに、
むしろ魅力を覚える大きいお友達もたくさんいる訳で。
これらの物語は今後も世界中で読み継がれてゆくのだろう。

めでたいこっちゃ。
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【2009/05/18 00:55】 | 未分類 | page top↑
漱石と白髪
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「自分が二十の時、三十の人を見れば大変に懸隔がある様に思いながら、何時か三十が来ると、二十の昔と同じ気分な事が分ったり、わが三十の時、四十の人に接すると、非常な差違を認めながら、四十に達して三十の過去を振り返れば、依然として同じ性情に活きつつある自己を悟ったりする」
(『思い出す事など』)

夏目漱石がスティーブンソンの Virginibus Puerisque に書かれた内容、
「人はいくら年を取っても、少年の時と同じような性情を失わないものだ」
について首肯する場面である。

しかし、この宝島やジキル&ハイドの作者が少年の心のまま44歳で早世したのに対し、
大病を患った晩年の漱石はなおもこう続ける。

「スチーヴンソンの言葉を尤と受けて、今日まで世を経た様なものの、外部から萌して来る老頽の徴候を、幾茎かの白髪に認めて、健康の常時とは心意の趣を異にする病裡の鏡に臨んだ刹那の感情には、若い影はさらに射さなかったからである」
(同上)

現実を前にして心に少年の仮面を被り続けるには、余りに漱石はリアリストだった。

*

先日、同年輩の友人に「君は白髪にならんね」と感心したら、
頭は無事だが鼻毛はすでに混じっている。
白い鼻毛には頭髪のそれよりも愕然とさせられるものだという答えが返って来た。
私はそれほどまでには衝撃は受けない。
ただ、鼻毛の白いのはちょっと透きとおって見えるので、
これなら万一盛大にはみ出していても遠目にはわからないかもしれないと思う。

大学の卒論の主査の先生は偉大な髭の持ち主だった。
カール・マルクスの肖像写真を思い出して頂ければ、あんな感じである。
しかしその立派な髭を仔細に観察すると、
どうも鼻の穴の中から始まっているように思える。
してみると髭のように見えるこれは実はボウボウに伸びた鼻毛なのかもしれない。
おどろくべきことだ。
しかしなんだかとてもいやだ。

同じ毛だし、髭より鼻毛が顎を覆い尽くしている方がレアだと思うのだが、
ぜんぜん珍重する気になれん。

昔、エロスな友達が自分は陰毛はもちろん脇毛や無駄毛にも興奮するのに、
鼻毛だけはなぜ萎え萎えになるのだろうと嘆息していたのを思い出した。
嘆息すんなよと思った。

これが透明なる白髪鼻毛であれば、彼も気づかないまま萎えずに済むのかもしれない。

*

「白髪に強いられて、思い切りよく老の敷居を跨いでしまおうか、白髪を隠して、猶若い街巷に徘徊しようか、-其所までは鏡を見た瞬間には考えなかった。又考える必要のないまでに、病める余は若い人々を遠くに見た。
(中略)
白髪と人生の間に迷うものは若い人たちから見たら可笑しいに違ない。けれども彼ら若い人達にもやがて墓と浮世の間に立って去就を決しかねる時期が来るだろう。
   桃花馬上少年時、笑拠銀鞍払柳枝。 緑水至今迢遞去、月明来照鬢如糸。」
(同上)

仕事してます、押忍。
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【2009/05/16 02:18】 | 未分類 | page top↑
深夜労働
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写真はマリー・ホール・エッツ『ペニーさん』の挿画。
単なるスミベタのように見えるのは、動物たちが働いているのが夜だからです。
『もりのなか』『海のおばけオーリー』『わたしとあそんで』等、
かずかずの素敵な絵本を世に送り出したエッツのデビュー作。

こちらは夜が明けてきちゃったけど、もうひとがんばりさ。
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【2009/05/15 04:28】 | 未分類 | page top↑
夏の黄金比がパセラに配信されてるらしい
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クレイジーケンバンドが結成12年目にしてメジャーデビューと聞き、
かるく腰を抜かした私が日高です。
してなかったんかい。

現在の相対性理論とかいにしえのラブタンバリンズとか大昔のメトロファルスとか、
インディーズ活動に終始しているアーティストは少なくない。
でもテレビ主題歌とかCMソングとか普通に演ってた例はあまり聞いた覚えがないぞ。
湯けむりスナイパーのテーマも歌うぜ横山剣。

そういやかつてジャニーズ系の皆さんも、さんざんテレビ出て歌いまくった後で
「いよいよメジャーデビュー」とか言ってたなあ。

するとメジャーデビューって何なんだ。
インディーズの定義って何なんだ。
何もかも不明だ。この世はヤミだ。

気になったので検索してみたら、案の定引っかかりましたヤフー知恵袋。
すごいピンポイントで同じ疑問を抱く人がいることにいつも驚くよ。
ベストアンサーから引用。

「日本レコード協会に加盟しているレコード会社と契約しているのがメジャー、
それ以外をインディーズと呼んでいます」

あー、単純にそういうことなんだ。
日本百貨店協会に属してないマルイさんが百貨店にカテゴライズされないのと同じ、
ごくごく機械的な理由なのね。
スッキリしました。

ってことはメジャーデビューって別にプロデビューと同義じゃないんだ。
デビューしてどんどこ活躍した後に改めてメジャー契約を結ぶ、
今回のクレイジーケンバンドみたいなケースっていくらでもあり得るわけだ。

逆にメジャーと解約してインディーズレーベルで活動するようになった、
平沢進やムーンライダーズも決して都落ちして地下に潜ったわけじゃないんだ。
良かった良かった。
ありがとうやふーちえぶくろ。時々炎上してるけど。

最近心を入れ替えて少しマメに更新する気です。
よろしくね。
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【2009/05/14 03:52】 | 未分類 | page top↑
すはすうどんのす
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上はダヴィンチ6月号掲載のトロイカ新書ダミー。
カラーだとこんな感じの色味です。
ほうら和菓子系。

本文中に出てくる「ラーメン一杯に700円は出せない」は、
実際に私のスローガンである。
スローガンであってポリシーではない点に注意。
そんな信条抱えてたら日高屋や福しんぐらいしか食えんからね、今どき。
江ぐちなら大丈夫だ。

しかしすラーメン(※すはすうどんのす)は、
やはりせめて600円台に抑えて欲しい。
どちらかっていうと希望っていうか、麺喰いの抱えるジレンマ。

一蘭の会員制3000円ラーメンとかは置いといて、
本来はやっぱり庶民の喰いもんだと思うのさ。
同じ土俵に立ってたはずの牛丼がいまだに一杯300円台だってのに、
ひとりラーメンだけがどんどん高み目指して駆け上っちゃってる。
や、味を追求するのは素晴らしいことだと思う。思います。
思うんだけどチャーシューメン1000円とかがデフォルトになっちゃうと、
ちょっと待ったって言いたくなるですよ。

とはいえ、人は故なくして走るものではない。
ラーメンが現在のような進化を遂げたのはニーズに答えた結果である。
「飲んだ後の〆」だったジャンクフードを、
通好みのグルメに仕立てあげたのは他ならぬお客さま方なのだ。

現在私たちはWeb上で膨大な量のラーメンレビューを目にすることができる。
他人の参考になるような素直な感想や印象を記したものがある一方で、
単なる自分の舌の肥えっぷり自慢に終わっているものも少なくない。
後者に属するレビュアーにとって、
ラーメン批評というのは手頃な自分語りの場なのだろう。

味覚というのは人それぞれである。
食通と偏食家は紙一重。
あれもまずいこれはダメだの羅列は子供が好き嫌い並べてるのと一緒で、
自慢になるようなこっちゃないと思うんだけど。

たぶん彼らの標的は別にラーメンでなくても、
小説でも漫画でも映画でもなんでも良かったんだろうけどね。
上から目線で論じても逆襲されない相手であれば。

うまいラーメンが食べたいです。
できれば安くて空いてるお店で。

でも、そういうとこって潰れちゃうんだよな、やっぱり。

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【2009/05/13 01:19】 | 未分類 | page top↑
辻地蔵は見ていた
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写真は豊島区高田にある山吹の里の石碑である。

能書によれば
「太田道灌が鷹狩りに出かけて雨にあい、農家の若い娘に蓑を借りようとした時、
山吹を一枝差し出された故事にちなんでいます」。

なんのことやら意味不明なのは往時の道灌も同様であった。
ずぶ濡れで路頭に迷ってる状態でこのような仕打ちを受け、むかついたまであると思う。
木の枝とか渡して何のつもりだ。殺すぞ。
しかしこれは、後拾遺集にある次の古歌に由来する雅なわざであった。

「七重八重 花は咲けども山吹の みのひとつだに 無きぞ悲しき」

実の成らないヤマブキと蓑の無い我が身を掛けた次第。
なお、よく見かける一重のヤマブキは普通にぷっくりした実をつける。
結実しないのはこの歌にもあるようにヤエヤマブキだ。
八重の花弁は雄しべが変化したものなので実生のしようがないのだとか。
要するに農家の娘は山吹を手渡すことにより
「蓑ひとつだにない」ことを伝えていたわけで、
まわりくどいメタファーだが、いかにも日本的ではある。

のちに人からこのことを教えられた道灌は、
娘の奥床しさに感心すると共におのれの無学を恥じ、
勉強に励むようになったという。
最終的に説教くさい結論に落ち着くのがなんだか月並で残念だ。

石碑はこの和漢三才図会などに見られる伝承の舞台を名乗っているわけだが、
実のところ特定はされていない。
荒川区町屋や横浜市金沢区、
埼玉県越生市などもそれぞれに主張していると聞く。

私とて別に豊島区の肩を持つつもりはない。
面白いと思ったのは内容よりこの石碑自体である。
よくみると「山吹の里」の下地に何やらごちょごちょ細かい字が彫り込まれている。

案内板によれば、これがびっくり供養塔を転用したものなのだ。
そういえば上の方に梵字も見える。
供養というからにはなにがしかの祖霊が祀られていた筈だが、
手頃な石がなかったのかそのまま流用してしまったらしい。
チラシの裏的手法としてもえらく乱暴な話である。ばちあたりメガ。

供養塔の建立は貞享三年、西暦で1686年。
徳川幕府五代将軍綱吉が生類憐みの令を発する一年前の出来事だ。
そしてさらに翌1688年には元号が元禄に改元され、
この石碑は江戸時代最大のバブル期を目の当たりにすることになる。

次の写真はとある住宅街の四つ辻に立つお地蔵様。
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側面に刻まれた年代は明和六年。
さきの供養塔から83年を経て日本は十代将軍家治の治世だ。
1769年はジェームズ・ワットが蒸気機関を発明した年である。
アメリカ合衆国独立の実に7年前。
3年後の1772年に江戸の町は明和の大火に襲われる。

おそらくはその以前からここはずっと四つ辻であり、
お地蔵さんは240年ものあいだ、
道ゆくひとびとの移り変わりをずっと見守って来たのだ。

「そのような風景はよく考えて見ると、この世をすこしでも住みやすくしよう、と努力してつくられたものなのです。自然にくわえた工事というものは、われわれの生活を不利にするためのものは一つもないのです。そこには、おのずから人々のあたたかい心があらわれているのです。
 ここには、そのような私たちの心をあたためてくれるものを見てゆきたいと思います。
 しかもそうしたものは、有名な人のした事業はいたってすくないのです。多くは、私たちのように、平凡な人々のしごとだったのです。」
(宮本常一『日本の村』)


だから私も太田道灌の雅やかな逸話より、
誰のものともわからない供養塔や辻地蔵に心惹かれる。
江戸城築いたりする器じゃないからな。
自分のできることをちみちみとやってゆきますさ。

まずは目の前の仕事やな。
どっせーい。
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【2009/05/11 19:36】 | 未分類 | page top↑
やまだ紫さんの訃報
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>やまだ 紫さん(やまだ・むらさき=漫画家、エッセイスト、京都精華大教授、
>本名白取三津子〈しらとり・みつこ〉)が5日、脳内出血で死去、60歳。
>葬儀は親族のみで行った。喪主は夫千夏雄(ちかお)さん。

>代表作に「性悪猫」「しんきらり」「空におちる」など。
>女性誌や文芸誌にもエッセー、詩、評論などを発表し、幅広く活躍した。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0507/TKY200905070175.html

オフィシャルサイト『やまねこねっと』
http://www.yamanekonet.com/

高校時代に買った、青林堂版のハードカバーの性悪猫は宝物でした。
杉浦日向子さんも既にこの世になく、
かつてのガロ三人娘も近藤ようこさんひとりになってしまった。

旦那様の白取千夏雄氏の日記がいたましい。
慎んでご冥福をお祈りします。

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【2009/05/07 22:22】 | 未分類 | page top↑
お姉さんの憂鬱
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川沿いの公園を歩いていると、けたたましい泣き声がした。

小学3~4年生の男の子と、
もっと幼い子供を連れたやはり10歳ぐらいの女の子の3人連れ。
声の主はいちばん小さい子であった。
顔をぐしゃぐしゃに歪めてわんわん泣いている。
その手を引く少女が「悲しいの? ねえ悲しいの?」と尋ねると、
返事の代わりに泣き声のボリュームが上がる。

外傷はなさそうだ。何があったのか知らないがおそらく大した出来事ではない。
おちびさんが泣くのはコミュニケーションであり日常茶飯事だ。
だから人の顔色を見てぎゃあぎゃあ声を上げる。

ふと、先頭をゆく男子が言った。

「ね、向こうに超珍しい生きものいたよ。行こう」

女の子のレスポンスは早かった。

「あんたこの状況を見て言ってるの? 空気読んでよ!」

女子の持つ資質のひとつにお姉さん属性がある。
自分より年下の子供を見ると、
無条件に可愛がろうとする女の子たちを我々は知っている。
彼女たちは将来の夢を問われて「保母さん」と答える。
現代ならば保育士さんと言うのだろうか。

小さい頃はこれを、女の子らしい優しさの発現であると思っていた。
しかし猿知恵のついた現在は、必ずしもそうでないことを承知している。

優しさとは相手の気持ちを思いやる心であるべきだ。
お姉さんになりたい少女たちの行動を見ていると、
対象となる小さい子らの希望に沿うものとは限らないことに気づく。
彼女たちは相手の意向とは関係なく、
単に自分が可愛がりたいから可愛がっているのだ。
どちらかといえば支配欲に近い感情である。
外聞良く表現するなら保護本能と言ってもいいが。

「優しさ」はだから、時として非常におしつけがましい。
しかも思うような結果にならないと平気で投げ出すことも少なくない。
有体に言って、お節介である。

とはいえ、それが相手の必要とする優しさと一致すれば、
感情的な取引は問題なく成立する。
お金を恵んであげたいお金持ちに対し、
お金を欲しい物乞いが現れれば結果オーライというものだ。

この場合幼な児は明らかに構って欲しくて泣いているわけで、
構ってあげている少女は正しく彼の欲求に答えている。

問題は彼女は別に泣かせ続けたいわけではない点だ。
あくまで自分のステキに優しい慰めによって泣き止むことを期待しているのであって、
これがあと10分も続けば飽きて放り出すに決まっている。

しかし実際には、おちびさんは"優しいお姉さん"が慰めてくれるがゆえに泣いている。
このままだと気が済むまで号泣し続けること必定。
つまりは少女の判断および手順ミスなのだ。
泣き止ませようとするなら、構うのをやめて哀願が無駄だとわからせるか、
あるいは興味を逸らせるのが上策である。

したがって「こんなのに構わず珍しい生きものを見に行こう」という、
少年の提案はまったく正しい。
正しいのだが結局は少女の努力を真っ向から否定することになり、
それゆえ同意を得られないどころか上記のように罵倒される結果と相成ったのだった。

空気を読めという慣用句は、
たいがいの場合「私のメンツを潰すな」と同じ意味に用いられる。
空気はつねに発言者の味方と相場が決まっているのだ。
不思議なことに。

少女の思い描く優しいお姉さん像を無碍にした少年はあえなくKY呼ばわりされ、
その後は黙して二度と語らなかった。
気の毒なことだが、状況が読めてなかったのは事実だから止むを得まい。

この3人の子供たちの物語は結局、
彼らの親御さんたちのところに辿り着いたところで終わりを告げた。
○○ちゃんが××して(私がいくら慰めても)泣きやまないの、という少女の直訴は、
「いいから放っておきなさい」という母親の一言でばっさり切り捨てられ、
同時に子供はぴたりと泣き止んだのだった。

そして後に残ったのは、
ものすごくつまらなそうな顔をした少女と少年の姿だった。

GW最終日、東京は雨かなあ。
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【2009/05/06 05:05】 | 未分類 | page top↑
ヒッピーに捧ぐ
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早世した友人を偲ぶ集まりを引ける途中にニュースを聞いた。
あまり言いたくなかったお別れのひとつだ。

そして今は少しだけ、
みんな無理に何か言わなくてもいいのに、と思っている。

GWは静かに過ごす。
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【2009/05/04 08:01】 | 未分類 | page top↑
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