ゆめのだいぼうけん
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仮眠中にみた夢。

両親が海外旅行の計画をもってきて、
行き先は知らんが来週アタマだという。
あー別にいいよと安請け合いをしてふと気づいた。
「待てよ来週は確か大学の修学旅行の筈では?」
大学生らしい。しかも修学旅行があるらしい。

とまれ手元に予定表がないため旅行日程がわからない。
被ると面倒だ。〆切とかあるし。
考えた末、
携帯グーグルで大学名と「修学旅行 日程」で検索することにした。
しかしこういうときに限って携帯が見つからない。
マーフィの法則とかいうやつか。

ちょうど4コマ王子の先生が通りすがったので頼み込んで借りると、
これが携帯電話ではなく携帯ゲーム機なのである。
仕方なく2、3時間ゲームしていたら先生がいなくなってしまった。
今度会ったときに返すことを誓い、校門を出る。

校門のあたりでは気象研究会の連中がラジオゾンデの実験をやっていて、
ロータリーに大きなアンテナを何本も立てていた。
やがてアンテナは大気中の電気を集め、
曇天の空にばちばちとピンク色の稲妻を迸らせはじめる。

ほほうこれはと思い足を止めて見物していたが、
いまいち調子が悪いらしく火花はその一回だけで終わってしまった。
撤収する学生達を背中に家路につく。
すでに深夜で通りに人気は無い。

途中にトイレ行きたくなったので入って携帯ゲームをやっていると、
わんわんと吠える声がする。
上の窓から覗いてみたら数十匹の犬に取り囲まれていた。
まずいな。きけんがあぶないぞ。

とりあえず1時間ほどゲームした後で逃げる方法はないか探すと、
足元のへんにイグニッションキーが描いてある。
試しに捻ってみたらエンジンがかかった。
そのままトイレをスタートさせ、
華麗なハンドル捌きで犬の群れをぶっちぎる俺様。
頬を撫でる風の心地良い、月夜のドライヴだった。

なんだこれ。
【2007/05/30 03:59】 | 未分類 | page top↑
たいがい元気です
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エゴグラムによれば低次元のなまけものらしい日高です。
得意技は二度寝と昼寝ですよろしく。

ポール・ニューマンが82歳にして俳優業引退を発表したことで、
彼が大正14年の生まれであることを知った。
昭和じゃないんだブッチ、いやさゴンドーフ。
昭和名球会に入る資格がないじゃないか。
ってことはつまり金田正一より年上なのだ。
天本英世のひとつ上で三島由紀夫や潮健児の同級生だ。
おそろしいことであるなあ。
今後はドレッシング売りに専念するようで、
元気でいて欲しいと思った。

ポールといえば川津祐介に似ているというのが私の生来の持論だが、
「ああ、そうかもね」以上の反応が返って来たためしがない。
カル・リプケンにも似てる気がするのにな、祐介。

終電もなくなった裏通りで、
うら若い乙女がふたり手を繋いで
「ぎんがへむかって とべよガンダーム!」と大声で歌っている、
そんなステキな中野の街である。

「ファーストなのがいいよな」
「ええ。シードとかだったら刺しますね」
などと話していた我々も所詮同じ穴のムジナなのだが。

昨日の東京は風が強くて朝からむやみに空が澄んでいた。
吹き散らかされた雲は駆け足で北東に流れてゆく。
仕事の合間にぼけっと眺めていてなかなか飽きない。

今月はこれで更新6回目か。
月間最低記録になりそうな予感。
ちょくちょく見に来てくださってる皆さん申し訳ねいです。
まんずたいがい元気です。
よろしく。
【2007/05/29 02:46】 | 未分類 | page top↑
日没
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東京地方の5月21日の日の入り、18:43。

堀秀道先生によれば、
日本の雲というのは他に類をみないほど多彩で美しいものなのだそうだ。
中国では神仙境にしかあらわれないような高貴の雲が、
わが国ではいたるところで目にすることが出来るのだという。

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学生の頃、屋上に寝転がって雲のない空を見上げていたことがある。
視界はひたすらに青いだけでどこにも焦点を結ばない。
だからなにも見えていない。
ただ青という色だけが世界を染めているばかりである。

あれが夕方になると茜色が混じってきて、
すると色の境目にピントを合わせることができるのだろうか。

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夕陽はこの世の終わりのような顔をして沈むくせに、
どうせ明日はまたいけしゃあしゃあと朝日になって昇るつもりだ。

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そんな感じですよ、日没。
【2007/05/21 21:44】 | 未分類 | page top↑
なるほど月日は流れるものだ
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北海道日本ハムファイターズ田中幸雄選手、
プロ野球史上35人目の通算2000本安打達成おめでとうございます。

藤原伊織さんが亡くなって。
59歳はやっぱり早い。残念でならない。

私と藤原さんとの繋がりは、
無頼派の女性作家の友人同士というレベルではあった。
当然私は彼を知っていたが、
彼はとくに私のことは知らなかったと思う。
無頼派はむやみに友人が多かったので、
そういう人はたくさんいる。

そして私とくだんの無頼作家との繋がりといえば、
誕生日が一緒、であった。
会って間もない頃に
「6月20日生まれってロクな有名人がいないのよ」と
文句を言われたものだ。
知るか。
ろくでもない例として石坂浩二やライオネル・リッチー、
上田馬之助の名前が挙げられていた記憶がある。
馬之助は結構いいと思うけどな。

最近調べものをしていて、
久しぶりに誕生日データベースを当たる機会があった。
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/
するとびっくり。
知らない間に6月20日生まれの有名人が追加されているではないか。

1985年6月20日 相武 紗季(あいぶ・さき)【女優】〔兵庫県〕

相武紗季ってそうか。ちょうど20歳下か。
年齢的には娘でもおかしくないぞ。
そういや確か松浦亜弥のとーちゃんはタメ歳だったような気がする。
なるほど月日は流れるものだ。
俺とあまり関係ないところで。

しかしアレだな。
無頼派の先生は相武紗季なんて知らんだろうな。フフフ。

とまれ相武紗季が産まれた年、
都城高校の3年生だった田中幸雄少年は、
ドラフト3位でファイターズに入団したのだった。
紗季がすくすくと育っている間、
幸雄はこつこつと2000本の安打を積み重ねていたのである。

だからどうだって訳でもないけど。
まあ色々とすごいやね。

画像はHDDに眠っていた田中幸雄犬壁紙。
記念に引っ張り出してみた。
これ作ったのもかれこれ10年前だな。
サイト立ち上げた頃だから。

なるほど月日は流れるものだ。
【2007/05/18 03:31】 | 未分類 | page top↑
練馬風土記
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古本屋で300円で買った『練馬区の歴史』がすこぶる面白い。
なんで練馬かというとそれしか置いてなかったからで、
そもそも買った店は板橋区だ。

本書によれば練馬は、
一部で有名な太田道灌による石神井城の落城の後、
昭和の御世に至るまでの長きに亘り農作の地であったそうな。
練馬大根は寛政年間にはすでに名産品として知られていたが、
昭和のはじめに伝染病で一度全滅してしまったらしい。
因みにこの特産物ゆえに、
役者俳優は練馬に住むのを嫌ったものだとか。
ダイコンだからね。

農村であった練馬と江戸市中との繋がりは、
野菜類を届ける代わりに八百八町民の下肥を持って帰ることだった。

むかし、現在の目白通りにほぼ重なって清戸道と呼ばれる道が走っていた。
練馬のお百姓さんたちが大八車にいっぱいの大根や沢庵を積んでは江戸に上り、
帰りは町家から汲み取った下肥を積んで下るルートである。
このために「おわい街道」の一名があったという。
なんてこった。

目白通りの東側の起点となる椿山荘前には、
現在も清戸道の旧道が残っているとある。
もっとも30年前の本だから1970年代の現在だが。
一方清戸道の西端は目白通りから現在の千川通りに繋がっており、
なるほど練馬から江戸川橋まで一本道が通じているわけだ。

そんな練馬に鉄道が走ったのは大正四年。
池袋から練馬・石神井を経て埼玉に入り飯能に至る、今の西武池袋線である。
当時は武蔵野鉄道といった。

しかし開通したはいいが上に述べたような土地柄である。
二時間に一本の汽車に乗る人間の客はおらず、
結局これまた下肥がその主な積荷となった。
つくづく中央と肥料で結ばれた地域だったのである。

とはいえ自分は乗らなくとも、
鉄道開通は土地の人々にとってはやはり誇りだ。
石神井地区の住民たちはこれを祝い、
鉄道会社とは何の関係もなく有志で勝手に記念碑を建てた。
大正九年のことである。
「石神井火車站之碑」と大書された高さ4メートルに及ぶ石板は、
石神井公園駅の南口駐輪場横に今も屹立している。

一方で煮え湯を飲まされたのが隣の大泉の地主の皆さんで、
「大泉にも駅が出来ますよ」という触れ込みを真に受けて鉄道会社の株を買ったのに、
いざ線路が敷かれてみると駅がない。
頭に来た株主たちが猛烈に運動を行って、
やっと駅が出来たという経緯だったのだとか。
どうせ自分たちは乗らないんだろうけどね。
今も昔も「おらが村に駅を作る」は地元の名士様のプレステージなのだ。

ざっとまあこんなような感じで、
下手に武家支配とかが絡んでない分、
非常に生活感のある歴史が展開していてたいへん興味深い。
区内に庚申塚が多い話とかね。多分に民俗学的なのだ。
思わず同シリーズの他の区域の本も読んでみたくなりましたぜ。

巻末を見ると全23冊刊行中とあるが、
昭和52年6月の段階で3冊しか既刊になっていない。
品川区や大田区に至っては「執筆者交渉中」とある。
果たして23区全部出揃ったのかどうか甚だ疑問だ。

版元の名著出版は今んとこ健在ではある。
http://www.meicho.co.jp/
商品検索してみたけど、
『東京ふる里文庫』は半分くらいしかヒットしなかった。
とっくに在庫が払底してるのか結局全巻出てないのか。
うーぬ。

そういやこういう催しの末席を汚してます。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070509ddm010040183000c.html
ほんとに末席なんですが。
小野梓記念館にて5/27まで。
【2007/05/15 19:37】 | 未分類 | page top↑
花将軍と乳首
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授業の課題で花の名前を調べているらしい学生たちに出会った。

声をかけてきたのは女の子である。大学生っぽい。
プリントにはサムネイル画像が並んでおり、
わかった名前が鉛筆で書き込んである。
不明のもので教えてあげられたのはタニウツギくらいだったが、
他にひとつ気がついたことがあった。

「これ、『ハナショウグン』じゃなくてハナショウブだと思いますよ」
「そうなんですか! ありがとうございます」

菖蒲田で草むしりのおじさんが言ってたのがそう聞こえたのだな。
いい耳だ。

護国寺の大島ラーメン行ったら閉まっていた。
仕方が無いのですぐ隣のちゃぶ屋に行く。
たぶん普通は逆だが大島ラーメンが食いたかったのだから仕方がない。
3年ぶりくらいのちゃぶ屋は、まあ旨かった。
結果オーライだ。

っていうか予定通り大島で味噌チャーシューメン頼んだとして、
満足したかどうかは甚だ疑わしい。
でも満足しなくても後悔はすまい。
どだい味覚なんて相対的なものだ。
曖昧な感覚などよりも、そのとき食べたい気持ちを優先させた方が幸せに決まっている。
気分は必ずしも世間一般の味の評価と合致するとは限るまい。
大してうまくないものが食べたいときだってあるさ。
松屋の牛焼肉定食が食いたい夜にトゥールダルジャンの鴨料理出されても、
途方に暮れるだけさ。
食ったことないから旨いかどうか知らんしダルジャン。

ちと更新が疎かになってますが、
先日シャツの胸ポケットにガムかなんか入ってると思って触ってみたら自分の乳首でした。
まあだいたいそんなような日々を過ごしております。
多少ばかですがたいがい元気です。
やっほー。
【2007/05/14 06:02】 | 未分類 | page top↑
ケニーじいさん
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TVが頻りにケニー爺さんケニー爺さんと連呼するので画面を見たら、
ケニーGさんだった。
NHK『ダーウィンが来た』のテーマ曲演奏者が変わったという話。

TVはそれなりに点けているがずいぶんアニメを観なくなってしまった。
今期の新番組もいくつかチェックしてみてはいるが、
頑張って続けて観ようという意欲がいまひとつ沸かない。
生活不規則なもんで、頑張らないと続けて観られへんのんじゃ。
とほほ。

ここ数年、アニメは空前の新作ラッシュである。
つっても世の中の八割がたの視聴者にはそんな実感はあるまい。
春と秋が巡って来るたびに、
3桁に及ぶ新作アニメが始まっていると言うと、
シンジラレナイと首を振るお子も出てきそうだ。
是非もない。
うち地上波のゴールデンタイムに放映されているものは、
10本に満たないのだから。
最近のアニメ事情というのは、つまりはそういうことなのである。
とりあえずソフトの数を増やして関連商品やDVDを売っているのだ。
発表の場はUHFやケーブルTVメインで十分。
って言うより現状地上波はそこまでアニメに優しくない。
テレ東を除けば、新作用の枠はせいぜい土日の朝か平日深夜だ。
視聴率取れないんで仕方がない。

要は人気があるからタマ数が増えてるのと違うねん。
タマ数増やさんと商売になれへんねん。
なんぼ本数あっても支持層の大部分はマニアやオタクの皆さんだ。
国民的には所詮マイノリティの域を出ない。

とはいえ彼らは好きなものに金を惜しまないので、
マーケットとしては馬鹿にならない。
となれば作る側としてもその辺がメインターゲットになる。
ロックオンされた方もやぶさかではない。
あからさまに婦女子な皆さん狙ってる番組なんかも現れて、
そんで狙われた側も注文通りにちゃんと同人本作っちゃったりして。
需要と供給の利害が一致しているわけで、
システムとしては一応成立しているともいえる。

それでも私なんぞは思うのだ。
マニアな作り手とマニアな送り手の関係は、
行き着くところ畸形の蜜月に過ぎなかろうと。

お前が言うなと突っ込まれそうではあるけど。
でもおらあ基本的にマニアじゃない人にも楽しめるようにと思ってんだよ。
もちろんマニアの人はマニアなりに楽しんでくれればいい。
っていうか作り手の意図と関係なく面白がれるのがマニアの本分だあね。
結果的にマジョリティの支持を勝ち得るに至ってないのは、
単に私自身の力不足というものである。

だってそりゃなるべくたくさんの人に楽しんで欲しいじゃんね。
普段漫画読まないようなおっちゃんに、
「ほー、面白いやんけ」って言ってもらえたら嬉しいがな。

けれど最近のアニメ観てると、
オタク向けの商品しか作ろうとしていないし作れていない気がする。
すごく閉じた世界の中で完結している印象が拭えない。
アニオタにしか通じないようなお約束の演出を、
夕方の放送枠でしれっとやらかしてしまったり。
あれもうやってる側に自覚ないと思うんだ。
自分たちがそういうアニメの文法に慣れ親しんで育ってしまったから。

テンプレートがどんどん畸形化していっているのに、
送り手も受け手も同じ結界の中に囚われているから気づかない。
デッドコピーがデッドコピーを再生産してゆく構図は進化とは呼べまい。

ドラえもんとかサザエさんくらいしか知らない人が、
今の新作アニメの多くに接するとものすごい違和感がある。
あるんだよ。
声優の演技ひとつを取ってみても。
俺5年くらい前に久しぶりにアニメ観るようになったとき、
ちょっと引いたもん。

その違和感っていうのが、
最近の制作サイドにはもう見えなくなって来ているように思える。
視野狭窄だ。
作り手の自覚がないままメディアに放り出される自己満足の産物は、
自分の失敗を見せつけられるようで痛ましいし辛い。

ただまあ現状は良かれ悪しかれ長続きはすまい。
色んな意味でもう飽和状態やけん。
おそらく何年かのうちにまた状況は変わってゆくはず、と思う。


仕事してみたり仕事を忘れてみたり、
朝5時起きで取材に行ってみたり上京した友人たちと遊んでみたりの連休。
月曜からきっちり平常営業っす。押忍。
【2007/05/06 23:23】 | 未分類 | page top↑
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