絵師と漫画家


仕事の合間合間に読み進めていた、
黒鉄ヒロシ『新選組』(PHP出版)を読了。

先日亡くなったはらたいら氏の前に、
彼がクイズダービーの3枠に座っていたことを覚えている人は、
そう多くはあるまい。
その頃は1枠も篠沢教授ではなく明治大学教授の鈴木武樹だったが、
番組降板後の1978年に胃癌のために早世してしまった。
43歳の若さだった。

黒鉄先生ははらさん程ではなかったものの、
それでもかなりの正解率を出していたように記憶している。

今を去ること30年前、漫画家は文化人としてテレビに出ていた。
しかしその多くは黒鉄はら両氏をはじめ、
加藤芳郎に滝田ゆうといった「コマ漫画」の人々である。
ストーリー畑では手塚治虫・水木しげるといった先生方がまれに出演していたが、
とてもじゃないがレギュラー番組を持つには至っていない。

理由は簡単で、
週刊連載を抱えるストーリー漫画家は物理的に時間がないのである。
また、元来が人前に出るのが嫌いで漫画に没入するタイプも多い。
その点コマ漫画家はアイデア勝負であり、
作画にかける時間自体はそれほど大量には必要としない。
テレビのレギュラー枠をスケジュールに組み込むことも可能なのだった。

同じ漫画家というカテゴリに入れられてはいても、
これらは明らかに職種が違うのだ。

高度経済成長華やかなりし頃、
子供を除く日本人にとって漫画といえばサザエさんであり、
フジ三太郎だった。

そして21世紀を迎えた今、
漫画というキーワードから我々が連想するのはカリカチュアではない。
漫画家というキーワードで想起されるのは、
テレビ番組でウィットに富んだ言葉を口にする文化人ではなく、
どちらかといえば自室でカリカリとペンを走らせている職人の姿である。

どっちが良いとか悪いとかいう話ではない。
時代の趨勢というものなのだろう。

さてオトナの漫画がカリカチュアだった70年代においても、
一般にコマ漫画家はストーリー漫画家より絵が稚拙だと思われがちだった。
本当は単なる線の数の違いだったりするのだが、
ぱっと見手間ひまかけたものの方をありがたがるのは人の常である。
またコマ漫画家があまり絵に凝り出すと、
ネタが疎かになったりわかりづらくなったりしがちなのも事実だ。

そんな中、黒鉄ヒロシの独特の描線は他と一線を画していた。
たまたまコマ割りされていたりフキダシが添えられているだけで、
それは明らかに一幅の「絵」だった。

まれに絵師という肩書きが相応しい絵描きに会う。
私の中では山藤章二・えびなみつる・モリナガヨウ、
そしてこの黒鉄ヒロシが現代日本を代表する絵師なのだった。
他にもいると思うけど咄嗟に思いついたのがこの4人ってことで。

『新選組』は、そんな黒鉄さんの90年代の仕事である。
凄味を効かせたモノトーンの画面に、
黒鉄節全開のナレーションが被さる世界は唯一無二のものだ。

自分がこの地平にたどり着けるまで何十年かかるのだろう。
ちょっとでも近づけたらいいな。

精進しまっす。

* * *

過日、斎藤茂太氏が亡くなられてしまった。
http://www.asahi.com/obituaries/update/1121/001.html

私が大学一年の頃、
氏は文学部の専門科目Bに精神医学の授業をひとコマ持っていたが、
多忙なためたいへん休講が多かった。
掲示板の斎藤先生の休講届を見るたび、
「二年になったらこの授業を取ろう」と思っていたものだ。
別に休講が多いからではなく、
純粋にモタさんの講義を受けてみたかったのである。

しかし私が専修に進んだ翌年、
斎藤先生の授業はなくなってしまった。
仕方なく代わりに木村駿先生の臨床心理学を受講したのだった。
代わりは失礼だよ。
木村先生の話は面白かった。
大学時代にもっとも欠席しなかった講義のひとつである。

モタさんも御歳90だったか。
20年前はするともう70歳とかだったんだ。
斎藤茂吉の長男だもんなあ。

慎んでご冥福をお祈りしたい。
【2006/11/23 05:26】 | 未分類 | page top↑
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