がんばれブタマロ
061113.jpg

ちょっと古いけど好きな小ネタ。


110:おさかなくわえた名無しさん :2006/10/30(月) 20:46:33
中学の頃、教科書に書いてあった「切磋琢磨」を「せっさぶたまろ」と読んでしまった
その瞬間から俺のあだ名はブタマロになり、そのうち省略されてブタになった
3者面談のときに親のいるところで友達から「じゃーなーブター」って言われて
母親が血相変えて先生にイジメなのか聞いてた


そういや昔、
横浜の石井琢朗はぶたろうと呼ばれることに抵抗していたものだ。
そしてぶたろう一方の雄である辰巳琢郎は、
そとばこまち時代「つみつくろう」と名乗っていたことは割と知られている。
なおかつやはり同劇団員であった槍魔栗三助は、
NHKの朝ドラに出演することになった際に芸名にクレームをつけられ、
本名の生瀬勝久に戻したのだった。

話を戻して四字熟語の誤読としては、
学生時代に読んだぴあはみだしキャンディに出ていた、
「直立猿人」のそれが忘れられない。
授業中に指名された非凡な生徒は、
これをリッタイサルビトと読んだのである。
サルビトは普通だが直立をリッタイと読み下すのは神業だと思った。
見覚えのない熟語や漢字に出会うたび、
独創的な読み方のできない自分は何と矮小な存在であろうと嘆いたものだ。
ええ嘘ですとも。
読めない時にそんなこといちいち考えないよ。

難読熟語や地名は大好きだ。
大して使う機会もない外国語を学習する暇があったら、
奇怪な固有名詞のひとつも覚えた方が楽しい。
しかしむろんこのような考え方は実用的ではないことは承知している。
文字や文章は畢竟コミュニケーションツールである。
伝わらない人が多いのでは本義にもとるだよ。

とはいえ、ツールをツールとしてしか使わないのも面白くない。
手段の合理化は喜ばしいことだが、いかにもせわしない。

どこでもドアが普及したところで、
中古車カタログをひもとく兄ちゃんや、
時刻表片手にローカル線に乗る大将は後を絶つまい。

逆に考えると、
言葉づかいに拘るとかってのは、
結局はそういった道楽のたぐいなのである。
道楽が言い過ぎなら、ゆるめの生活規範っていうか。
ご飯を食べた後は歯を磨いた方がいいかなーとか、その程度の感じ。

だからコトバの誤読とか誤用とか、
あまり目くじら立てなくてもいいと思ってます。
最低限意味が伝われば。

そんな訳で頑張れよ、ブタマロ。
ちょっと歌麿みたいだな、ブタマロ。
【2006/11/13 00:47】 | 未分類 | page top↑
| ホーム |