枕頭の山
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探し物ついでに枕頭の書を整理してみたら文庫だけで100冊あった。

考えてみると枕頭の書を整理するという行為自体がおかしい。
寝る前に本棚から読みたい本を持ち出して寝所に赴き、
読み終わると戻して次を探すというのが正しいのではなかろうか。
整理しなければならないほど溜まっているのはどういう訳だゴラァ。

つまり私の場合、たいがい本屋で買ってきたものが枕元に直行なのである。
仕事部屋で読むとか居間で読むとかのプログラムがない。
書物は移動中あるいは寝ながらか食事中、もしくは用便中に読むものなのだ。
トイレに直行でないだけありがたいと思え。

ひところは移動中の比率の方が高かったのだが、
最近は電車の中ではもっぱらiPodを聴いてしまっている。
しかもBGMとしてではなく、
1番と2番のベースラインの違いとかオープンハイハットがどこに入るかとか、
そういういやな聴き方をするものだから、
本なんて読めたもんじゃないのである。

で、一日のうちで食事や用便が占める割合なんて微々たるものだ。
従って主な読書タイムは寝る前、読書プレイスは寝床になる。
枕元に直行してしまうのも無理はない。

もっとも大量に買って来たときは、
さすがに枕元ゆきではなく自室で袋から出す。
そしてPC横の机とかにうっかり積んでしまい、
その存在を忘れ去ってしまうのである。
だめだよ。

以前、ベテランの編集さんに言われてなるほどと思ったことがある。

「活字本は売れているからといって必ずしも読まれているとは限らない」

本好きと称する人たちは大なり小なりコレクター的側面を持ち合わせている。
この作家の新刊が出たから買っておこう、
このジャンルは興味があるから買っておこうという動機で本を手に取る。
それは往々にして「今すぐ読みたい」という気持ちとは無関係なのだ。
ゆえに積読という現象が起きる。
つんどくで一発変換しやがったよMS-IME。

そしてこのような購買欲は、
往々にして整理整頓欲とは無関係なのであった。

それでも枕頭の山を簡単に整理してみた。
内訳は海外ミステリがほぼ5割、SFが2割、
民俗学や古典関係が2割、その他1割である。
100冊もある割に異様に偏ってるな。
しかもダブリが数冊ある。
無くしたつもりで買い直したら古いのが現れたケースはまだいい。
悲しいのは買ったことを忘れてまた買ってしまった場合である。
本を読んでも別に頭は良くならないことがよくわかる。
っていうか俺様があほうなだけですごめんなさい。

ところで冒頭にも記した通り100冊というのは文庫だけである。
その他に図鑑だのムックだの漫画だの一般書だのがかれこれ数十冊はある。
どんな枕元だ。
地震など来た日にはこれらすべてが崩れ落ち、
わが脳天を粉砕するに違いない。

それもまあひとつの生き様であろうかと思った。
【2006/11/16 03:47】 | 未分類 | page top↑
夢の鉄道模型
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小学生の頃、線路を買ったことがある。

友達のチャーリーんちには汽車が走っていた。
なんで奴のあだ名がチャーリーだったかも話したいところだが、
これは彼の本名に由来するため、うかつに公表できないのが残念だ。

とまれ走っていたのはJRや私鉄ではない。
彼の年嵩の兄が道楽で幅十数センチぐらいの模型鉄道を引いていたのである。
おかしな店で料理を運んで来るような、ああいうサイズのだ。
門をくぐって家の玄関に向かう途中には踏切があり、
運がよければ走行中の列車に遭うことができた。
チャーリー邸の敷地は広かった。

一方私んちは公務員宿舎である。
そのような鉄道を敷設する敷地はおろか庭すらない。
ベランダは母の植木鉢やプランターで埋め尽くされてたし。

だけど。
少年は考えた。
Nゲージだったら部屋の中で走らせられるんじゃないか。

鉄道模型にはいくつかの規格がある。
よく知られているのは線路幅16.5mmのHOゲージと9mmのNゲージだ。
さらに小さい6.5mm幅のZゲージなんてのもあるが、
これは当時その辺の店では扱っておらず、
子供の科学や鉄道ファンやらの広告でしか見たことがなかった。

HOは迫力はあるが子供にはデカいし高い。
最も身近で魅力的なのは、何と言ってもNゲージだった。
もちろん気軽に買えるような値段ではないが、
小遣い貯めたりお年玉がバーンと入れば手が届かない程ではない。
殊にKATOブランドで知られる関水金属製のNゲージ模型は、
その比類なき精密感で10代の少年たちを魅了した。

大人の世界における鉄道マニアはそれなりに特殊能力な人々だが、
12、3歳くらいまでの男の子というのはまず例外なく乗り物好きである。
実際に乗ると酔ってしまう悲しいお友達も、
動いてるところや写真を見るのは大好きなものだ。

少年日高トモキチは綿密な計画を練った。
まずは線路を入手して軌道を決め、次にパワーパックを購入し、
しかる後に憧れの模型を走らせるのだ。
模型店のウィンドウに並ぶ光輝くボディを眺めつつ、
いつかあれが家の中を縦横無尽に走り回る日を思い描き、
恍惚と小遣いを貯め続けた。

そしてある日ついにKATOのNゲージの線路一組を購入した。
もっとも小さな周回軌道が組めるセットである。
興奮さめやらぬまま帰宅してただちに組み上げた。

するとどこにも置き場所がないことがわかった。

綿密な計画は一瞬で頓挫した。
その後現在に至るまで模型車両を買ったことはない。
線路は広い家に移ったらあるいはとの期待を込めて持っていたが、
肝心の引越しの時にどっかに行ってしまった。

たいがいこんなような細かい挫折を繰り返し、
少年は大人への階段を上ってゆくのである。

それが成長と呼べるかどうかは別として。
【2006/11/15 00:04】 | 未分類 | page top↑
おぼろ夜空
おぼろ半月。
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おぼろオリオン。
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おぼろシリウス。
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サムネイル大きくしてみました。
あと例によってちょこちょこデザインを弄り始めたり。

そんな、おぼろに冬の夜。
【2006/11/14 02:31】 | 未分類 | page top↑
がんばれブタマロ
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ちょっと古いけど好きな小ネタ。


110:おさかなくわえた名無しさん :2006/10/30(月) 20:46:33
中学の頃、教科書に書いてあった「切磋琢磨」を「せっさぶたまろ」と読んでしまった
その瞬間から俺のあだ名はブタマロになり、そのうち省略されてブタになった
3者面談のときに親のいるところで友達から「じゃーなーブター」って言われて
母親が血相変えて先生にイジメなのか聞いてた


そういや昔、
横浜の石井琢朗はぶたろうと呼ばれることに抵抗していたものだ。
そしてぶたろう一方の雄である辰巳琢郎は、
そとばこまち時代「つみつくろう」と名乗っていたことは割と知られている。
なおかつやはり同劇団員であった槍魔栗三助は、
NHKの朝ドラに出演することになった際に芸名にクレームをつけられ、
本名の生瀬勝久に戻したのだった。

話を戻して四字熟語の誤読としては、
学生時代に読んだぴあはみだしキャンディに出ていた、
「直立猿人」のそれが忘れられない。
授業中に指名された非凡な生徒は、
これをリッタイサルビトと読んだのである。
サルビトは普通だが直立をリッタイと読み下すのは神業だと思った。
見覚えのない熟語や漢字に出会うたび、
独創的な読み方のできない自分は何と矮小な存在であろうと嘆いたものだ。
ええ嘘ですとも。
読めない時にそんなこといちいち考えないよ。

難読熟語や地名は大好きだ。
大して使う機会もない外国語を学習する暇があったら、
奇怪な固有名詞のひとつも覚えた方が楽しい。
しかしむろんこのような考え方は実用的ではないことは承知している。
文字や文章は畢竟コミュニケーションツールである。
伝わらない人が多いのでは本義にもとるだよ。

とはいえ、ツールをツールとしてしか使わないのも面白くない。
手段の合理化は喜ばしいことだが、いかにもせわしない。

どこでもドアが普及したところで、
中古車カタログをひもとく兄ちゃんや、
時刻表片手にローカル線に乗る大将は後を絶つまい。

逆に考えると、
言葉づかいに拘るとかってのは、
結局はそういった道楽のたぐいなのである。
道楽が言い過ぎなら、ゆるめの生活規範っていうか。
ご飯を食べた後は歯を磨いた方がいいかなーとか、その程度の感じ。

だからコトバの誤読とか誤用とか、
あまり目くじら立てなくてもいいと思ってます。
最低限意味が伝われば。

そんな訳で頑張れよ、ブタマロ。
ちょっと歌麿みたいだな、ブタマロ。
【2006/11/13 00:47】 | 未分類 | page top↑
バーン!おまえは死んだ!
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バーンバーン!と叫ぶ声がした。


誰かがイエローモンキーを歌ってる訳ではない。
古いねどうも。
いや先日コモディイイダでLOVE LOVE SHOWが流れてたもんで。
有線でかかる微妙に懐かしい邦楽って侮れなくて、
こないだも奥田民生『悩んで学んで』がしばらく脳内を回り続けました。
これを読んだ貴方もうっかり流れるがいい。

話を戻す。

往来で叫んでいたのは3~4歳くらいの男子2人組だ。
ボールペンか何か細長いものを人に向けてバンバン喚いておる。
最初は保護者を狙ってふざけているのかと思ったが、
よく見ると標的はその辺の通行人である。
誰でもいいらしい。
無差別殺人だ。ボウリング・フォー・コロンバインだ。

いきなり見知らぬ小児に狙撃される被害者こそいい迷惑であり、
皆なんとなく居心地悪げな微苦笑を浮かべて通り過ぎてゆく。
無視されるまま犯人たちは殺戮の限りを尽くし続けていた。

やがて前を歩いていた二人連れの買い物客が倒された。
いよいよ私の番だ。
銃口は容赦なくこちらに向けられた。

少年が「バーン!」と叫ぶとほぼ同時に、
私は胸元を押さえ「ウウッ!」と呻き、
よろめいた。

もう一人の犯人は無邪気に他の通行人をがすがすうちころしている。
が、私を撃った方の少年は「えっ」という顔をしたまま動かない。
リアクションが返って来るとは思わなかったので、
ビックリしたものとみえる。

ただ、私がよろめきかけた一瞬、
「うわ、やっちまったよ俺!」という表情が走った気がしたのは。


うん。弾が当たると結構人は死ぬんだよ。
覚えておきなさいね。


タイトルはブラッドベリの短編から。
【2006/11/11 01:18】 | 未分類 | page top↑
それさえもおそらくは平穏な日々
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吾輩はすずめである。

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ごはんをたべるのが大すきだ。

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たべすぎた。

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べふー。
【2006/11/08 08:34】 | 未分類 | page top↑
11/4只見行
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詳しくは12月6日売りダ・ヴィンチ1月号にて。
【2006/11/06 17:02】 | 未分類 | page top↑
遠くへ行きたい
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明日4日は某所に出張取材である。

機材もあるし今回はクルマの道行なわけだが、
例えば電車で行った場合どのくらいかかるのか。
ジョルダンで試算してみた。

東京駅7時半集合→出発と仮定して、
目的地の最寄駅最短到着時刻は14:06だった。
うむ。6時間以上かかっておる。

「マニアには有名なローカル線でしてねー。
1日3本ぐらいしか走ってないんですよ。
景色は綺麗だと思います」

うむうむ。そうか。

「だから午前中に着こうと思ったら、
前の晩に出なきゃいけないんですよ」

なるほどそれは大変だ。だから車なんだね。
ひとつ気になるんだけど、車だとどれくらいかかるのかな?

「うまく行けば4時間くらいで」

わあ。そりゃ早いや。

往復で最低8時間だよ。
ひとりでハンドル握るH氏の身が案じられてならない。
向こうでカメラ持てるんですか先生。

さまざまな不安と中年たちを乗せて車は北へ向かう。
果たして我々を待ち受けるものとは何か。

そして日帰りだ。
わーい。
うぎゃー。
【2006/11/03 01:25】 | 未分類 | page top↑
収穫
どりゃー

『トロースドルフ美術館展・赤ずきんと名作絵本の原画たち』
『鉄腕アトムの軌跡展』
(いずれも美術展パンフ)
『新いわて怪談奇談珍談』岩手日報社
『植物知識』牧野富太郎 講談社学術文庫
『塗り絵の本・美しい日本の風景画』フロム出版

『ナルキッソス』サディスティック・ミカ・バンド
『今日までそして明日から』和田アキ子
『MOON OVER the ROSEBUD』moonriders
etc.

CD類はだいたい発売一週間遅れ。
第三期ミカバンドのアルバムは初回特典DVD付き。
木村カエラ好きなので嬉しい。
化粧は薄い方が可愛いと思うけど。
リルラリルハのPVが忘れられん。

和田アキ子が70~90'Sのフォーク/ロックをカバーした一枚は、
ちょーっと残念な出来。
もっと歌上手かったけどなあ、アキ子。
いまいちヨソ行き感が拭えない。
たぶんもう「こうした方がいい」とか言えないんだろうな、周りも。
でも拓郎からレッドウォリアーズ、山下達郎まで出てくる選曲は面白いし、
小西康陽や白井良明、窪田晴男といったアレンジャーの顔ぶれも楽しい。
まあお楽しみ企画盤ってことで。

ライダーズ新譜は「21世紀の火の玉ボーイ」の評があったが、
正鵠を射ていると思う。
ストイックな作りは前作よりずっといい感じだ。
最近になく人力感が強いのもいい。

などとゴチャゴチャ言ってみたものの、最近の音楽事情にはめっきり疎い。
気がつくとカシオペアやスクエア、
松岡直也あたりの再発旧譜とかに手を出したりしている。
またスペースシャワーでも真面目に見ますかのう。
最近はアニマックスずっと流しっぱだから。

HMV行ったらSalyuの新譜が並んでた。アルバム出たら考えよう。

あ、あと「ピューと吹くジャガー」手ぬぐい買いました。
これで安心して手ぬぐい坊主が作れるぜ。
イエイ。
【2006/11/02 08:17】 | 未分類 | page top↑
そんな次第で
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そろそろ洗面器から顔上げてみようかなと。


更新が停滞していたわけは、
世間一般の出来事の多くがそうであるように一つではない。
バタバタしてる間にPCがクラッシュしたりくそ忙しくなったり、
あるいは何切るの連載が終わって積極的な理由を失った挙句、
とどめは元々付け焼刃の独学だったCSSを、
ほぼ完全に失念してしまったのである。
未だにちゃんと思い出せない。

いっそこのまま消滅させてもいいかな、とも考えた。
が、これでもマイナー著名人の端くれである。
ただでさえ半分消えてるぐらいに思われがちなところに、
裏付を与えるのもちと癪に触る。
折を見て適当に復帰しようとなんとなく思い、
思い続けて2年が経った。

ご承知のように単行本が出たので告知は打ったが、
ぶっちゃけ版元への義理が半分である。
残り半分は忘れずにいてくれるお客様方に対して。

みぞれの教室は大切な作品だが、
それだけに思うところは結構複雑だ。
出版不況の中、形になったことは素直に嬉しい。
が、さまざまな意味で未完成かつ青臭いシロモノであり、
読者を選ぶことは自分でも承知している。
言わば悩み悩みの試行錯誤の記録だ。
これを受け容れて下さいというのは、
作品自体よりも私自身を肯定してくれという行為に等しい。
分不相応な推薦者の皆さんに言葉を頂いたり、
面白いから買ってねと笑顔で宣伝していいのだろうか。
自問は常に付き纏い続けた。今でもそうだ。

そのような心情でリリースしてプロとして恥ずかしくないのかと問われれば、
すみませんと頭を下げるしかない。
お叱りの言葉も甘んじて受ける。
そこで弁解したり逆襲に出たりするほど傲慢ではない。

ただ、それだけに深い愛着はある。
版元でOKが出なければ自費出版の形でまとめることも考えていた。
モノカキとしていつかは描かなければならなかった澱のような子供なのだ。
読者に対してそれを判って下さいと強要することはできない。
ただ、判ってもらえたならとても嬉しい。

そのような理解の声を、同業の先生方を含めた皆さんから聞けたことは、
今回の私の望外の幸せである。
改めて感謝させて頂きたい。


本が出て4ヶ月が過ぎ、
また今現在はさまざまな新しい仕事に忙殺されつつある。
日高は生きてるのかと心配してくれてる友人や読者の皆さんに、
そろそろ一応の近況など伝えなきゃな、と思った。

しかしこれからまたCSSを毎日のようにいじくるのは少々無理がある。
考えた末、今更ブログの人になることにした。
アップロード楽やけん。
これならあまり停滞せずに更新できそうだ。

ってな次第でトップにも記した通り、
この機会に放ったらかしの各コンテンツも手直ししようと思う。
その間、稼動してるのはここだけになってしまうが、
極力まめに書くつもりっす。
どうか宜しくお願いするっす。


しょてから長い上に堅いな。
まあしょてだから。
今後はぼちぼち書いて行きますよ。
ぼちぼち。
【2006/11/01 00:10】 | 未分類 | page top↑
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